第九幕 開き

ボコボコにされ、壁に激突するボルクムリーフ。

ここまでにぼろぼろにされちゃ…再起不能だわね。

そしてジョジョはうつむいた。

「…体を…こんなにしてしまった…
 ごめんなさい…名も知らない…体の持ち主だった人…
 …でも…そうしないと生き残れなかった…」

よく見るとジョジョの体には打撲や裂傷もたくさんあった。
あのままだとなぶり殺しだった、そういう事なのだろう。

「…それにしても…よくわたしの指示がわかったわね…?」

「ア…アノ…ナントナク…」

そうよね、そうとしか言えないわよね…
ちょっと可愛そうなオーディナリーワールド…(苦笑

「…ともかく…失った分のダイヤを…出来る限り
 もどして…その後で…どこかで体を…」

ジョーンが波紋を強める呼吸をする。
軽度の火傷や打撲や裂傷はこれで治癒し、
後は痛み止めをするということだろう。

…オーディナリーワールドはさっきのジョーンの指示通りに
ダイヤを組み立てていったわけだけど…

「…どうしたの…? ダイヤが青いわ…?」

…確かに…最初の半分ほどに小さくなったグレートムガールの
薄い青緑の結晶に積み重なる新しい部分は明確に青かった。

「(困惑しながら)…コウイウフウニ…ナッテシマイマス…」

この光景を見ながらあたしがジョーンに

「これってNG行為じゃあないの?
 ちょっとオーディナリーワールドがかわいそうだわ。」

「…いいのよ…このあと…あれを持って帰るわけだけど…
 トラサルディはかえって喜ぶわ。
 「これなら足もつきにくい、しかも美しい」
 ってね…」

ジョーンはあたしたちに通路から退散するよう促し、
通路を埋め始めた。

「…そして合計600カラットほどのあのダイヤを
 半分に分割し…片方を
 「盗賊から取り返した」という事にして
 持ち主に返し、もう半分は別の職人に研磨させるわ。」

それを言うと、ポールが

「…まさか…その青いダイヤは…ッッ!」

するとジタンも

「ホープのダイヤになるというのか!?」

「えッ…ホープって…あのホープだよね!?」

アイリーも驚く。
あたしも…ホープのダイヤは聞いたことがあるわ。
100カラット強のブルーダイヤで…
持ち主が不幸に見舞われ続けて、今現在
スミソニアン博物館に所蔵されてるってあれよね。

皆信じられないというか、そんな感じになった。

…そうよね…歴史に名を残すダイヤ…
違うダイヤが元々一つの石から…
しかも現代のジョーンの指示によって
生まれることになったって言うんだから…

ジョーンは普通に一仕事終えたって感じに。

「一応、盗んだ宝石の詰まった袋は
 寝床にしてた草や葉で隠しておいて、
 トラサルディの指示でそっちもジョジョが探すことになる。」

「…なるほど…それでこの裏手の洞窟を知ることになるわけって奴ね。」

「…ええ…」

未来と過去が交錯する…
未来から手を出してそうさせた部分もあれば
それはやはり過去があってこそ知りえた部分だっていう未来の部分もあり…

焚き火などの後始末をしながらジョーンがつぶやいた。

「…以前ルナには言ったわね…
 皆もさっき見たでしょう。
 わたしの左半身がひどい火傷になってた…
 この当時はこの時期凍死する人も多かった。
 その中から…年頃の合う女性のものから
 左足の半分…左腕の一部、頭の皮膚の一部
 体も部分的に皮膚を…
 入れ替えることになるわ…」

「…ひょっとして…ジョーンが左足だけ
 ハイソックスみたいなタイツはいてるのって…」

アイリーが慎重に問いかけると

「…そう、入れ替えた体は白人…
 皮膚の色があからさまに違うもの…
 隠すために手袋やらタイツやらを部分的にはいて
 それをファッションであるかのようにしたのよ。」

…なるほどね…ただの逝かれたカッコじゃあなかったのね…

「…でも…馴染んでゆくのでしょう?」

あたしの問いかけに

「…ええ、何十年もかかったけれどね…
 特に髪の毛は伸びる速度やらなにやら
 調整してたから…二百年近くかかっちゃったわね。」

…ジョゼの肖像…
18世紀末のあの肖像画にも…
僅かに金髪が含まれていた…そういうことだったのね…
あれを見つけたジタンも衝撃を受けたようよ。

「…ひょっとして…もうステージクリアになるのかね?」

「そうね、この後わたしたちに出来ることはないわね。
 …後日談としては…ホープのダイヤとはまた会うことになる。
 方々彷徨っていたあのブルーダイヤを奪ったり奪われたり…
 まぁ百数十年経ってからだけれど…
 「仕事」じゃなかったら関わりたくなかったわね。」

「…ジョーンが余り宝石に関心を示さないのは…
 自分が関わったって言う事情もあるのかしら。」

「…ただの石が…プレミアムはあるとはいえ…
 こんなに人を狂わすもので…
 どんな大金持ちも一瞬でどん底に突き落とすほどの
 魔力というか…
 …くだらないって…この時期にすっかり冷めちゃったのよね…」

もう一つあるわね…

「貴女のご両親の教育もあるわね…
 生活は地道に稼いで何ぼっていうか…」

「…大きいわね…勉強のためにどうしてもお金が必要だって
 言う観点から…普通よりは多く稼いでいたけれど…
 それもこんな風に…まがりなりにも命を懸けて稼いだわけだし…
 おおっぴらに胸を張れないとは言え…
 …そうね、恥じるものでもないと思っているわね。」

「「死なないのに命を懸ける」っていうのもなんていうか…
 言葉の妙だな。」

ウインストンだ。

「…完全に命を失うことはないとはいえ…
 流石のジョーンだって生命活動一時停止状態にはなるでしょう?
 今までそうならないようギリギリがんばってきたってだけよ。」

あたしのフォローにジョーンが

「エジプトでもしあの場にシーシャの死体がなかったら…
 …わたしはあの場で休止状態になっていたでしょうね。
 …そしてローマに…司祭に捕らえられていたかも。
 この場でも…入れ替える体が見つからなかったなら…
 …数年人里を離れてただただひたすら体を再生してたと思うわ。」

「…年単位かよ? こないだルナと一緒に大怪我したときは
 二日だったろ?」

「まだ判ってないの? ウインストン
 それは今現代になってジョーンに人体に必要な元素や化合物が
 おおよそ殆ど判っているから「組み立てるのが早くなった」
 ってことなのよ…
 さっきこの時代になってやっと科学的に物事を考える機運が
 って言ったけれど…
 それでもまだこの時代「物が燃えるとはどういう現象か」
 っていうのも判ってなかったのよ…
 それはここから百年以上経って…ラボアジエの登場を
 待つことになるわ…」

あたしが解説を入れると、ジョーンも続いた。

「…この時代、「水」がまだ元素とされていたわ。
 水が水素と酸素の化合物だと突き止めるのは
 100年後のキャベンディッシュ…
 そしてその水素と酸素の比率から正確な化学式
 「H2O」と判明するのは19世紀になってから…
 この時代…まだまだ世界は手探りだった…」

ウインストンが一応黙ると、今度はアイリーが

「…ああ、…その…でもさ?
 ジョーンって原子見えるんでしょ?
 だったら判るんじゃあない?」

いいところに気付いたというべきね。

「…例え見えていても…そこで何が起こっているのか
 説明する知識がなかったってわけよ…
 「自分は物質の根本を見ている」のは判っても
 「それが一体何で、どうしてこんな状態になっているのか」
 というのが判らなかったのよ。
 それは何も知らないも同じこと…」

あたしが言うと、皆黙った。
ジョーンだけが嬉しそうにした。

「まず空気中に燃焼に関係する気体が21%あることをキャベンディッシュが
 そしてそれが「燃素」ではなく、あくまで酸素と物質の化合が
 いわゆる「燃焼」だと…ラボアジエ…
 そして原子量というものが正確に測られるようになって…
 中央に十六個の粒がひしめき、八個の「雲」をまとった
 それが陽子八個、中性子八個、そして電子八個で
 構成されているというところが知れるのは…」

ジョーンが続けるとあたしが

「二十世紀に入ってからだわ、知識として確立されるのはね。」

見えているだけでは知識にはならない。
考える素地もないところからジョーンはやってきた。

事件としてのこの時代は短かったけれど…

そんな風に時代に対して自分の能力は何なのか、
自分の思っていた疑問はなんだったのか、
そういう好奇心がやっと芽生えて、必死に稼いで
必死に勉強を始めた時期…そういう意味じゃあ重要だわね。

ア・デイ・インザ・ライフの「音」が聞こえる。

ジョーンの過去というか、足跡を丸裸にして楽しんでいる…
人生そのものをレイプして喜んでいるわ…
この男…絶対に…許さない…

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そこは…どこか屋敷というかちょっとした城の中のようだった。
ジョーンは既にここがどこか判っているのか…
即座にオーディナリーワールドで「音の遮断」を始めた。

…再びここは俺が…ジタンがお送りすることになる。
このステージは…K.U.D.Oの奴らでは勤まらんだろう。

「…ここは?」

アイリーがひそひそ声でジョーンに聞く。

「忘れもしない、1807年。
 時期もちょうど今頃…イギリスよ…。」

忘れようとしても忘れられなかった時代…
ルナの言を借りると「ジョーンは半分心を閉じて」
俺達に短く伝えた。

外をチラッと見ると…どうやら夜のようだ…
しかも郊外なのか?

「…わたしは1770年あたりからイギリスに渡った。
 いろんな学者の下で女中として働きながら…
 その研究成果なんかを盗み見たり…
 出版される論文なんかを買って読み漁ったり…
 さっきルナが語ったように…
 この時代になってやっとわたしは
 自分がどんな能力を持っているのか
 判りかけてきた時期ね…」

「この状況は…どういうことになるのかね?」

ポールの疑問に

「それでも論文や本を買うには…そして勉強するスペースを
 確保するためには…かなりお金がかかった…
 最初の30年ほどは勉強に勤めたけれど…
 後ろ十年ほどは…スパイを兼業してたのよ…
 …ああ、途中十年ほどフランスに渡ってたわ。
 ラボアジエの研究に触れるために。」

俺たちの居る場所は物陰だったんで、通路とか広間とかを
客観的に見れる場所だった。

ジョーンが指を差すと、一人の女性…というか…
ジョゼ=ジョットと名乗ってたジョーンが
走ってきて…何者からか逃げているようだ。

「…通称ミスター・スリムと呼ばれた男が居たわ…
 この男も裏稼業というか…
 スパイでもあり、内政や外交といった分野で
 顔を利かせつつ、裏で暗躍していた…
 内政事情まで握っているから…やりたい放題だったわけね…
 わたしは政府づてにある名家からこの男を調べ上げ
 出てくる埃を証拠として集め、有罪とし
 葬る手段を探せと命を受けてきたわ。」

「逃げてるって事は…やばいって事だよな?」

ウインストンが言うと

「ええ…とてもまずいわね…わたしの…この頃はジョゼね
 ジョゼの両足と右手首を見て。」

そこに手かせや足かせがはめられているのが見えるんだが…
なにかおかしい…

「…あれ…スタンドだよ…!」

アイリーがベイビー・イッツ・ユーで調べて言う。

「…Mrスリムの「陰」にはもう一つの顔があった。
 殺人鬼という「陰」が…
 自分の屋敷で働くものや…
 わたしと同じように彼を探りに来たものを捕らえては
 …気分しだいで拷問の末殺してたわけね…
 彼のスタンド…「タンタロス」…
 見てて、どういう能力かわかるわ。」

ジョーンの言葉に、通路を逃げるジョゼの後ろから
矢が(無論普通の矢だ)数本飛んできたんだが、
普通の矢なら何てことなく、オーディナリーワールドの速度だ
両手を使えばわけもなく掃えるだろう。

…ところが、オーディナリーワールドはジョゼ本体から
左腕だけをしかもやっと出現したくらいの距離で
ギリギリで矢を掃っている。

…こんな緊急事態で「恥ずかしがってる」も何もあったものじゃあない…

「…タンタロスの能力が決まるたびに…
 スタンドの出現が封じられてゆくんだわ…
 恐らく後左手と首を封じられたら…
 オーディナリーワールドは体から出られなくなる…!」

ルナの推理にジョーンは頷いた。

壁にジョゼが寄りかかったところで、首にも枷がはめられる。

首を絞めるとかそういう効果はないにせよ…
どうやら、封じられた部分は相当に「重く」なるらしく
波紋の使い手のはずで、屋内を走ったくらいで
息を切らすとも思えんジョゼはもう息も上がっていた。

更に罠と思われる矢や槍が彼女を襲う。

ジョゼは仕方なく階段を登っていった。
どうやら構造上、それは「塔」のようで、
自ら逃げ道を塞ぐような行為だものな。

「これを…助けるのかよぉー?」

ケントの疑問にジョーンは答えた。

「いいえ、このステージでは一切の手出しは無用よ。」

俺達に衝撃が走る。
確かにそんなステージがあるとは言っていた。
…ジョーン本人の記憶をたどっても
どんなフォローも考えられない「どうしようもないステージ」
…とうとうそんな場面に遭遇してしまったようだ。

ジョーンは

「…彼は既に塔の上に居るわ。
 彼のスタンドは半遠隔操作でね…
 一度ジョゼをターゲットと決めたら
 よほど離れないと解除にならないわね。
 さぁ…、わたしたちも途中まで追うわよ。
 途中からは隠し通路からわたしの様子を見守らなくてはね。」

「…拒否することは出来ないの…?」

ルナが心底嫌そうにジョーンに不安げな声を聞かせた。

「…無理にとは言わない…
 でもオーディナリーワールドの秘密というか…
 額になぜ「矢」のイメージがあるのか…
 ジョーカーを殺したときの姿には
 どうしてなったのか…
 ここで全てがわかるわ…」

「…そんなの…ジョーンだって改めて見たくはないでしょ?」

「…はっきり言って嫌ね…
 でも…この時代へと誘導したのはあくまで「声の主」
 わたしたちが状況から逃げ出そうとすれば
 それだけでNGとする可能性があるわ。」

ルナの表情にどうしようもない悔しさと憎しみがにじむ。

「…強制的に見せられるってのかよ? 趣味悪いとは思うが…」

ウインストンがそんなルナの様子に
「何をこいつそこまで」って顔で言った。

「…あなた達まだわかってないのね…
 あたし達自身がフォローに回れるのなら…
 そうすることではじめて動く歴史なら
 それはまだ我慢も出来た…
 …いい?
 あたしらは基本的に…ジョーンの歴史を
 レイプしてるようなモンなのよ…?
 知られたくないことも…
 見られたくないことも
 どんなに惨めな姿だって見られなくちゃならないのよ…!?」

「…ゼファーの奴の性格からして…
 この状況を楽しんでるだろうな…
 興奮度MAXかもしれんよ…」

俺も胸糞が悪くなる…

「…そうね…皆…このステージで考えられるフォローはたった一つあるわ」

「…なんだね?
 何が出来るかね?」

ポールが必死にジョーンの言葉に食いついた。

「…このステージでは基本的にMrスリムとジョゼの二人っきりのステージ…
 …その…ゼファーが…その状況をあえて自ら崩して
 わざとステージNGに持ってゆく可能性がある…
 …それを阻止する…
 まぁ…そこまでやらないかもしれないけれど…
 …このステージのかなり終盤まで…
 わたしはひたすら拷問を受ける…
 あるいはそれを…何度も繰り返させるかもしれないわね…」

ジョーンは淡々と語っていた。
だが、本心逃げ出したいだろう。
エジプトのときなんてモンじゃない…
ひたすら拷問を受けるだと…?

「…これか…ジョーンが言ってた…「かなり似た状況」って…」

アイリーが震えだす。
ジョーンはアイリーを包み込むように軽く抱いて

「…そうよ…でも、まぁいいのよ…
 ファーストステージから覚悟してたことだわ…」

そうだ…俺達にとってはその時その時が勝負でも
ジョーンにとっては先がなんだか判ってしまっている…

…そんな時にルナは言った。

「ジョーン、今ここであたしが何か叫んだとしても…
 塔の天辺には聞こえないわよね?」

「…え…ええ…。
 聞こえたとしたらよほど数キロ先でも耳の利く「地獄耳」でしょうね。」

ルナは強い表情で叫んだ。

「…ゼファーッ!! 聞こえるんでしょ!?
 このステージ…誰か一人でも状況を最後まで見れたらそれで
 クリアとしなさいッ!! そのくらいのフェアーさは
 持っているものと期待してあげてるんですからね!」

一見緩いと思える条件なんだが…

どこか空間から声がした。

『…フン…まぁ…いいとも…ふふ…
 ただしあれだよ?
 全員とりあえずそこに行くこと、だよ〜?
 僕はこの先の展開を既に知っているからね〜ぇ…
 …なるほど…大事な君たちの仲間のひどい姿を…
 君たちならではの条件って事になりそうだね〜…
 …まぁ…それはそれで面白そうだね〜ぇ…ふふ…』

俺は思わず「こいつこそは本物の狂人だったのかもしれない」と
首を横に振った。

『ジタンく〜ん…まぁ…君は巻き込まれ組というか…
 「なぜあの場所に居たか」はまぁあえて聞かないとしてもだ…
 僕の潜んでいる空間には僕しか潜めないんでね…
 …残念だけど君も頭数だよ…まぁ…端からそのつもりだろうけどさぁ…』

「…俺はまだBCの人間だし…当分離れる気はない…
 だが…こんなことは許されん…!
 この攻撃においては…俺はお前の敵で構わんッ!」

『…いい心がけだよ…』

それっきり声は聞こえなくなった。

ジョーンを見ると、もう崩れそうなほどになっていた。
思い出すたびに辛いなんてモンじゃあない
強烈な記憶がよみがえるのだろう。

殆ど誰もが声も掛けられなくなっていた。

今までどんな状況にも気丈に、あるいは心を閉じて
やってきたジョーンだったが、ルナの示した優しさ
…俺がこの場では味方だと示したこと、
そして…既にこの先を知っているというゼファーに
対する恥辱の念に崩れそうになっていた。

「せめてよ…音…完全に遮断できないのか?」

ウインストンが慎重に聞いてきた。

「…塔全体に対する音の響きがおかしくなるわ…
 出来たとしてこちらからの声量を
 ある程度制限するだけ…」

泣き叫びたい衝動に駆られているのを必死にこらえている。
…ジョーンがここまで追い詰められたのを俺は…
いや、誰も見たことはないだろう…

「…ジョーン…許してね…
 向こうの妨害阻止のために、こんな条件にしてしまったけれど…」

ルナだ、俺がそれに答える。

「…いや…今のゼファーの口ぶりからすると
 色々と嫌がらせを考えていたぜ…
 むしろ先に釘を刺しといて正解だったと思う…
 あいつは…とりあえず決め事は守る奴だ。
 ルールとして採用されたのならそれを外す事はない。」

だからこそ、先のエジプトでは住民もろとも
あわよくばウインストンとアイリーの毒殺という
「攻撃」も仕掛けてきたんだと思う。

「…なんともはや…」

ポールは言葉にならないようだった。

「連れてこられたからには行くしかないようだわ、
 …立って、ジョーン。
 声は聞こえるかもしれないけれど、
 貴女は絶対に見なくていい…
 みんなも…無理しないで、
 ごく限定的にでも音を遮断できるならそうして。」

崩れそうなジョーンにルナはスタンドを使った。

「貴女の全てを受け止めてあげるわ、あたしがね。」

スタンド効果(気分を上向ける)もあるだろうが、
強い決意でジョーンに語りかけたルナの言葉に
ジョーンはやっと立ち上がって、俺達を案内した。



そこは塔の最上部。

俺達はフロアの上部にある廊下というかな、
塔の屋上へ通じる通路の途中に出た。

ジョーンはそれでもこちらからの音の伝わりだけは
制限するようスタンドを使った。

あれから…ジョゼはだいぶ抵抗はしたようで
今正にフロアにつれてこられるというか…

手かせや足かせの姿をしたスタンドというわけだが、
どうやらそれらに完全に支配されると
体を操られるらしい。

抵抗を試みつつ、重い足取りでフロアの中ほどにある
日本語の「大」の字をした木の場所まで来て
そして振り返り、後からその木に沿って手足を広げると
スタンドから伸びた鎖が木に絡みつき、完全につながれた状態となった。

「ふふふふふ…正直タンタロスにここまで抵抗できる
 御仁が…いやいや…ご婦人がいるとはね…」

ジョゼの目の前、机に向かっていた男がジョゼに向き直り、言った。

熟練者なら数十キロ走っても息を切らすことはないと
言われている波紋。
ジョーンは自らを「二流だ」といったが、としても
数キロは大丈夫だろう。
そんなジョゼの息が上がっている。

「…さて…同じ密使というか…微妙に範囲は違うようだし
 君は単に仕事を仕事として余計な詮索もしない
 …僕とは正反対だね…
 どこの手の者か判ればこっちの情報で
 つつき返してやれるんだけどなぁ…」

Mrスリムは立ち上がり、暖炉に向かって歩き、
棒か何かで中をつつきながら。

「…怖い目つきだねぇ、教えてくれそうにはないかなぁ。」

ジョゼは…ジョーンというか、多分こうした場合
決して喋ることはないだろう。
ジョゼは険しい目つきで押し黙っていた。

俺達はいよいよ始まるのかと重い気持ちで見守っていたら
ジョーンが言った。

「…彼の机、棚、壁…どこでもいいわ…よく見て…」

科学に興味でもあるのか、標本用のビンなどが
そこに陳列されているわけだが…

「………ッ!!」

アイリーが思わず後ずさった。

「…こいつは…真性のクレイジーか…」

ウインストンもつぶやく。

ビンの中身。

それは明らかに人間の体の一部だからだ。
目玉やら脳やら…舌やら…臓物もだ…
壁には顔の皮をはいだりもしたのだろうか、
飾ってやがる…

よくよく壁や床を見ると古い血痕でその磔の周りだけ
色が違う…手の一部、半分中まではがした足…

この城そのものには他悪趣味なものはなかった。

…ここだけの、彼のプライベートスペースなのだ…

Mrスリムは暖炉からジョゼに近くに歩み寄る。

「とりあえずご挨拶に、どうぞ受け取ってくれ、ふふふふ」

真っ赤に焼けた鉄の先をジョゼの肩に押し付けた。
「焼印」だな…
ジョゼは叫ばなかったが、苦痛の表情と、耐え忍ぶ声を絞り出す。

…ジョーンは首を横に振り、その廊下からちょっとだけ
外にでられる小さなテラスに向かって歩いた。

「…やっぱりダメだわ…」

ずいぶん早いリタイアのように見えるだろう、
…だが彼女はこの本人なのだ…
この後の展開を知っている…

Mrスリムは…さぁ、これからどうしようかという
わくわくした面持ちでジョゼを眺めていたんだが…

焼印が消えてゆく。
火傷も治癒してゆく。

波紋と、スタンド、この相乗効果で
それは目に見えて回復していった。

「…おいおい…君は面白い体をしているなぁ…
 君の憑き神かい?
 ああ、良かったよ、自ら手を出すようなまねをしなくて
 本当に良かった。
 …君の体の中に指でも入れたとたん、やられてたろうからね…」

強姦するつもりもあったんだろう、だがこの男は切れる。
自分の能力が体の表面だけの封印であって、
中まで及んでないことを良く知っており
オーディナリーワールドの効果を即座に察知し、
やり方を変えたというか、決めたようだった。

壁に掛けてあった剣を一振り手に取ると

「…それじゃあこんなのはどうだい?」

スリムはジョゼのわき腹を…そうだな…肺辺り
一つを両断するような感じで左から心臓近くまで
強く振り、剣を食い込ませた。

流石のジョゼも苦痛の声を漏らす。
と、同時に肺からの吐血、勿論
左わき腹にもあっという間の出血だ…

Mrスリムは触れない程度にジョゼに近寄り、
破れた服越しにその傷口の様子をつぶさに観察している。

「…おお…確かに治癒していってるな…
 早くはないが…斬ったアバラもつながっていってるぞ…」

彼はこの状況を大いに喜び、
暖炉から熱した鉄の杭を取り出す。

「面白い…」

彼は鉄の杭をジョゼの両二の腕、
両の大腿にそれぞれ一本づつ貫通させ打ち込んだ。
骨の折れる嫌な音に、肉の焼ける嫌な音…
ジョゼは悲鳴を上げた。

…普通なら、ここで死んでいてもおかしくない。
早々にリタイアしたジョーンはテラスでうなだれている。
俺達は…リタイアも忘れて釘付けになった。
勿論こんなの見て居たくはない。

だが…平常な心で…まるで人間をおもちゃのようにしか
思ってないかのようなMrスリムに恐怖して動けなくなったのだ。

「それならさぁ…治ったとしても時間かかるよねぇ?
 太さも君の手首ほどあるわけだし…」

彼は更に、ただ斬るのではなく、一度熱した
剣やら槍やらを一本一本ジョゼに突き刺していった。

…貫通しているのがわかる。

その度にジョゼの悲鳴が塔にこだまする。

…なるほどというか…
この声の響き…もう何十人何百人と聞いてきた彼だ
完全遮音にすると「何かおかしい」と気付かれかねない。

例え見ることは拒否できても、俺達は
聞いた事がないジョゼ…今のジョーンの悲鳴を聞き続けなければならないのだ。

彼はそのうち、突き刺した剣の方をそのままズリズリと
下ろし始めたりしている。

当然そこが腹ならば、内蔵も飛び出る。
(体の中って言うのは内部から外への圧力もかかっている
 ボロリと出るなんてものじゃあないんだぜ…)

「…うぅ…ッ」

アイリーが耐えられない様子でジョーンの居るテラスに向かった。
吐きそうになったか、口を押さえている。

ジョーンはそんなアイリーの背中ごしに
オーディナリーワールドで優しくなでた。
恐らく、胃の動きを抑制し、吐かないようにしている。

「…今のは…胃や肝臓あたり…出たところかしらね…」

見ていないジョーンだが…やはり状況は覚えているようだ…

「…苦しみに叫び悶え、耐えながらもわたしはこの時
 自分の体の組成や仕組みを見ていもしたわ…
 他に見るものがなかったのと…
 …口を割らないため別なことを考えるために…」

Mrスリムの興奮した叫びが聞こえる。

「あっは! 流石に杭はまだまだだが…内臓は
 戻りつつあるねぇ!
 こりゃ、すごい!
 君は遊べそうだよ!
 君はいつ死ぬだろう?
 どのくらい僕を楽しませてくれるだろう!?」

モルゲンステルンを高く振り上げ、ジョーンの
頭部を殴打した。

…当然頭蓋骨は部分的に砕け、脳まで露出している。

「…自分の脳も見たというか…「感じた」わね…
 露出すると「見える」のもオーディナリーワールドの特徴かも。
 …おかげで今回の言語機能の一時コピーなんて
 そういう技も使えるようになったのだけれど…」

ジョーンは努めて状況から逃げるというか、
努めてプラスの方向の感想を述べていた。

頭を半分砕かれたジョゼのさまを見て、ポールやケントも
リタイアしてきた…

「…こ…こんな状況が…いつまで続くのかね…?」

きわめて気分が悪い、そんな風にポールが力なくつぶやく。

「…そうね…今は午後十時くらいだった記憶があるわ…」

「あ…ああ…そうだね…」

ポールは携帯で時間を確認した。

「…では明け方前まで…午前三時くらいまでかしらね…」

「あと五時間もかよぉー…?」

「…ダメ…音だけだってあたしもう耐えられない…
 折角最近…強くなれてきたのに…
 こんなの耐えられないよ…」

アイリーが泣き出した。
後で聞いたところによると、ちょっとでもスプラッタな
においのするものにはアイリーは過剰反応していたのは
俺は知っている。

…だが…ジョーンが来て、大きな怪我もそれなりに当たり前の
状況になり、それでも余裕しゃくしゃくで
アイリーの前で平然と治療をしてゆくジョーン、
そしてルナの叱咤にアイリーもかなり踏ん張りが利くように
なってたようだった。

…だがその…当のジョーン…この当時ジョゼだが…
彼女の絶望まで感じる悲鳴の連続に、
幾ら彼女が死なない体だとしてもアイリーはもう
心が折れそうになってた。

ジョーンはそんなアイリーに弱々しくだが微笑みかけ

「…一つだけ真実があるわ、
 わたしは生き残る。
 …そしてあなた達に出会う…」

どうあれ、未来は決まっている。
…それが唯一の救いなんだが…

Mrスリムは赤熱した剣をジョゼの大腿に突き刺し、
そのまま全体重をかけ下に振り下ろした。

判るな?

横に切ったんじゃあない。

足を縦に「割った」んだ。

…どんなに先に希望があると判っていても
ジョゼの悲鳴がそれを暗雲に包み込んでゆくようだった。


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