Sorenante JoJo? PartOne "Ordinary World"

Episode:Seven

第十幕 開き

ウインストンも悔しそうな表情いっぱいにリタイアした。

「くっそ…!
 何のフォローも出来ねえってか…!
 あの糞ヤローも…どうすることもできねぇのか!」

「…ダメよ…」

ジョーンが力なくつぶやいた。

「…何でお前は死なない体なんだ?
 オーディナリーワールドがそうしてるっていうなら…
 どうしてジョーンをいっそ死なせてやらないんだよ!?」

ウインストンが荒れだした。

「…それを知るためには…ますますこのステージ…
 先に進まなくてはね…
 …そうね…最後…わたしのリアクションが薄くなって
 Mrスリムがそろそろ止めをと考える場面がきたなら…
 そのときは戻りましょう…
 色々…判るわ。」

…だがしかし、Mrスリムも本物のサディストのようで
ただ痛めつけるだけではない、
ジョゼがある程度体力を回復したら
また同じ箇所を…更に別な場所を…という感じに

何時間でも飽きないかのようにジョゼを責め続けた。

…英語で「タンタライズ」という言葉がある。
語源は正にこいつのスタンドの元になっている
神話にでてくるタンタロスだ。

ゼウスの怒りを買い、罰を受けた彼は
水を飲もうとすると水が引き
果実をとろうとするとそれも退くという罰を受けた。

タンタライズ…その意味は「じらして苦しめる」

…正にこいつの精神そのものだ…

一度こぼれた内臓でもつながっていれば
時間を掛けジョゼの体に戻ってゆく。

また少し違った箇所を奴は切り裂く。

機能を失ったとはいえ、ジョゼの子宮も
取り出されたりしている。
ジョゼは苦しみとともに怒りや悲しみも耐えている。

…俺はもうダメだ…

俺もリタイアしようと立ち上がるときに、
そういえばK.U.D.Oの奴らは…と目をやると
テラスに殆ど避難しているんだが…

ただ一人、ルナだけがその様子を見ていた。

歯を食いしばり、叫びだしたいのを我慢しながら
涙をぬぐおうともせずそれを見ていた。

体中、ズタボロにされても生きて責めを受ける
ジョゼの姿に、同情なのか?
それとも何も出来ない悔しさなのか?

…違う、
ルナの表情は、怨念とも違った怒りに満ちていた。

彼女の流す涙はそんな「可哀想」などといったものじゃあない。

それは純粋な…心底から湧き上がる生粋な正義の怒りの涙だった。

こんな奴を許しておけるはずもない。
その為にジョゼはここに来ているはずだったのだから、
むしろ心の中で負けるなと声をかけていることだろう。

ルナの怒りの矛先は、Mrスリムじゃあない。
ゼファーだ。

ルナは誰を憎むべきかをはっきり刻んでその光景を
目に焼き付けていた。

…ジョーンが迷わずジョーカーを抹殺した心理…
そこにルナが到達したようだった…

…申し訳ないが俺は…リタイアさせてもらうよ。

ルナ…君なら越えられるだろう…



数時間たった。

ジョゼの回復を待ってまた全身痛めつけるMrスリムだったが
そのうちジョゼの反応が鈍くなってきた。

「…自分の内臓や神経や散々見たわ…脳の構造まで…
 わたしはこの時殆ど痛みを感じないようにコントロール
 できるようになった…そういう意味では
 Mrスリムに感謝ね…」

とはいえ、瀕死の…生命活動一時停止状態一歩手前なのは
間違いがない。

「リアクションがなくなってきたね…流石にもう潮時か…」

Mrスリムのその言葉に、ジョーンが

「…長い間お疲れ様…ここから先は…
 見ておくべきだわ…」

そう言って、ジョーンは廊下に戻った。

一人、状況を見ていたルナの背中越しにジョーンは
覆いかぶさるようにして

「…ありがとう…」

ルナは言葉は返さなかったが、
肩越しにルナを包むジョーンの手を握ったようだった。

「…ここからは…わたしの反撃になるわ…」

反撃、その一言に俺達も顔を見合わせた。

この状況で一体どうやって…?
純粋なそんな気持ちが廊下へ足を向かわせた。

ジョゼの全身ズタボロなのは変わっていない。
最初に打ち込まれた鉄の杭もそのまま両腕、両大腿に
刺さったままだ。

呼吸も非常に微かなものになっている。

…それでどうやって反撃など…

「そろそろ君を始末しようと思うんだけど…
 君はさぁ…これ…知ってるよね?」

Mrスリムが手にとってそれは「弓と矢」だった

「…あれ…スタンドを生み出す矢…!」

アイリーが叫ぶ。

息も絶え絶えのジョゼが微かな声で

「…知らない…わ…それが…とどめ…?」

「はて? 知らない…。
 君はこの矢で憑き神持ちになったんじゃあないのかい?」

ジョゼは何も答えなかったが、
「知らない」という雰囲気だけは伝わった。

ジョーンが補足した、

「…本当に知らなかったわ。
 矢の存在はここで初めて知った。
 この後ね、よくよく気をつけて
 世間に目を向けると、ごくたまにだけれど
 矢による殺傷、もしくはスタンド使いが生まれる瞬間
 って言うのに数回遭遇したのは…」

「オーディナリーワールドは生まれつきだったな…」

俺が言うと、ジョーンは頷いた。
Mrスリムは続けた。

「…へぇ…面白いね、「生まれつき」って場合もあるんだね。
 僕はこの矢の試練を乗り越えてタンタロスを得たんだが…
 正直、他にもこういう奴が居るのかと何人かに試したんだが
 皆ダメでね…」

Mrスリムは弓を構え、ジョゼに矢を向けながら。

「矢の試練を受けていない憑き神もちの君が…
 この矢を受けたらどうなるんだろう!?
 ちょっと素敵な実験じゃあないかい!?」

「…なんて事を考えるの…」

アイリーが首を横に振る。

「…馬鹿を考えたものだわ、この男…」

ジョーンがつぶやいた。

「…六年前のイタリアで起こった出来事…
 スタンド使いが更に矢を受けた事例が二例あるわ…
 …そうね…それがまだ駆け出しで力もない
 スタンド使いなら処刑になったかもしれないわね…」

「…ど…どうなるんだよ…?」

ウインストンが聞くと

「見てて…、この時わたしは
 「やっとここで死ねるかもしれない」
 という思いとは裏腹に…
 「それでもこの男だけは生かしておけない
  この男だけはこの世に残しておくことは出来ない」
 と心の奥底で燃えていた。
 オーディナリーワールドの力を一瞬でもいいから
 最大限外に向けて一撃を食らわす…
 そのことを考えていた…」

しかし、Mrスリムの弓の弦は大きく張られ、
矢はジョゼの頭に照準を合わせた。

「いやぁ…楽しかったよ…この矢を受けて生き残れたなら…
 もう一回楽しませてもらおうかな…」

「………!!」

Mrスリムが矢を射た瞬間、ジョゼもスタンドパワー全開で
オーディナリーワールドの姿が一瞬チラッと現れたその時だった!

…矢は、オーディナリーワールドの頭部に命中した。
当然、本体であるジョゼの頭…額にも矢の傷口が深く開く。

「…この男だけは…世界のためにも消さなければならない…ッ!!」

ジョーンが当時のジョゼの気持ちとシンクロし、小さくだが叫んだ。

オーディナリーワールドの矢を受けた額の部分が光る
それまで蝋燭と暖炉の明かりくらいしかなかった
部屋だっただけに、その明るさに一瞬目がくらんだ。

「…な…なんだい!?
 こんな光は…僕が矢を受けたときには…!」

Mrスリムも少し動揺した。

そして俺達、Mrスリムが見たものは…

そう…俺は公園でジョーカーをジョーンが殺したときに見た…
男連中は初めて見るから「なんだあれは」と驚いている。
半生物鎧という感じの、目の見えたオーディナリーワールドの
額には、吸い込まれた矢が今正に納まったところだ…!

「…オーディナリーワールドの…超本気モード…だ…」

アイリーがつぶやく。
ジョーンは補足した。

「…イタリアでの二例のうち、一例は矢を守るため本体が死亡して
 スタンドのみが暴走状態になり、町中の人間の
 魂を入れ替え「別な存在へと書き換えてしまう」
 能力を持っていた。
 そうやって矢に近づくものを拒む「守るスタンド」
 シルバーチャリオッツ・レクイエム…」

「シルバーチャリオッツ…J=P=ポルナレフ…
 死んだとは聞いていたが…」

ウインストンが呟いたんだが、俺も彼の噂は聞いている。
声は出さなかったが同じ気持ちで驚いた。

つまり…こういうことか…?

その例に倣って名づけるとするなら…

オーディナリーワールド・レクイエム…

オーディナリーワールド・レクイエムは
宙に浮いた状態だ、
そして本体であるジョゼも…骨を断たれた
状態であるとはいえ、浮いていた。

凄まじいスタンドパワーを感じる…

「…もう一例は…じつは誰も知らない。
 その一例を作った本人でさえ良く判らない。
 ただ、その名は…
 ゴールドエクスペリエンス・レクイエム…
 帝王の名を欲しい侭に暴虐を続けた者に対する
 戒めのスタンド…」

ジョーンが呟く。

ジョゼは浮いた状態だが、見る見る傷が回復してゆく。
現在のオーディナリーワールドより早い…!

タンタロスは一度解除されたようで、消えていたんだが…

「…なんてことだ…素晴らしい!
 だが、そんな君をもう一度捕らえねば!
 タンタロスッッ!!!」

Mrスリムはもう一度スタンドを使った。
あっという間にジョゼの四肢と首に例の枷がはめられ、
オーディナリーワールドレクイエムも捉えられた…?

「…ああー…折角の反撃のチャンスがよぉー!」

ケントが悔しがると、ジョーンが呟いた。

「…「レクイエム」とは魂を操作するのが基本能力のようよ。
 オーディナリーワールドは元々わたし自身の魂を
 操るスタンドではあった…つまり…
 わたしの場合、元々のオーディナリーワールドの力を
 一時的に数十倍にも跳ね上げる能力…
 それがわたしのレクイエム…!」

ジョゼがパワーをこめると、四肢と首の枷は一瞬に砕け散った。

Mrスリムの四肢と首に傷が入る!

「…なッ…何だとォォォオオオオーーーーッッ!?
 タンタロスの枷を破ったものなど…今まで居ないというのにッッ!!」

「…貴方にわたしの魂を縛り付けることはもう出来ない…」

まだ完全には回復していないジョゼだが、Mrスリムに歩み寄る。

「…貴方が見せてくれたありもしない地獄…
 …そっくり貴方に返してあげるわ…
 今まで貴方が殺してきた人の分まで…
 …味わいなさいッッ!!!」

ジョゼ本体が手刀をつくり、Mrスリムのみぞおちから
心臓へ直接手をねじ込んでそのまま吊り上げた…!

「ジャスト…ブロウイングアウェェェエエエエエエエエエエエイッッッッッ!!!」

ジョゼの気合の叫びにオーディナリーワールド・レクイエムは
…もう見えんほどのラッシュでMrスリムの体の端から
消し飛ばしていった。

…そう、それはジョーカーの時と同じ殺害方法だ…!

ジョーカーの時は公園という開けた場所だったが、
ここは塔の中、すぐ後ろの壁まで削り取られ吹き飛んでゆく…!

波紋で強制的に生かされ、気絶しないようにコントロールされたまま
Mrスリムはものすごい断末魔の叫びと共に
ジョーカーの時と同じように、もう人間の原型をとどめない程に
なるまで生かされ続け、吹き飛ばされながら、
心臓と脊椎、頭の一部を残し、絶命した。

そして、ジョゼはそのMrスリムの残骸を壁に叩きつけ、
その上からオーディナリーワールド・レクイエムの
強烈な一撃をお見舞いした…ッ!

消し飛ぶMrスリムの残骸に、壁もラッシュでもろくなっていた。
人型にくり抜かれた壁が吹き飛んでゆく…!

「…この時のわたしは厳密に科学的な「原子」というものを知らない。
 世界中が知らない。
 だからもうとりあえず「これ以上分割できない最小限にまで吹き飛ばす」
 とだけ力を込めたわね…」

ジョーンの呟き。

…なるほどな…普段のオーディナリーワールドなら
そんな漠然とした思いではどうにもならんかも知れんが…
矢の相乗効果で力を倍増化させた彼女にならできるってことだ…

俺達は…あの公園で一度見たルナやアイリーも言葉もなく
驚きをもってただただ状況を見守っていた。

ジョゼは一瞬力尽き、浮いていた体が地に付くと、
まだ回復しきれない四肢のせいか、力なく座り込み、うなだれた。

「…共倒れでいいと思ってたのに…また…生き残ってしまった…」

ジョゼの骨の見える手や足の杭の痕が見る見る回復してゆく。
…死ねない体…

「…どうして…どうして貴女はわたしをこんなにまでして
 死なせてくれないの?
 なぜわたしは生き残らなければならないの?
 …教えて…!」

それはさっきのウインストンの言葉に通じるものがあった。
…何より俺達の胸を詰まらせたのは、その悲痛な問いかけを
するジョゼは明らかに泣いていたからだ。

ジョゼはもう殆ど今のジョーンといっていい。

…ジョーンが悲しみもあらわに泣いているところなんて…

「…ワタシハ貴女デス…貴女ニ判ラナイコトハワタシニモ判リマセン…
 …タダ…ワタシハ貴女ノ「生キル意思」ト言ッテイイ…
 ワタシガ貴女ヲ守ルトイウコトハ…「貴女ノ生キルタメノアガキ」
 ト言ッテイイモノデス…」

オーディナリーワールド・レクイエムは静かに語り、続けた。

「…貴女ニハ何カ…大キナ到達点ガアリマス…
 ソレガ何デドコニアルカハ…
 …探シ続ケルシカアリマセン…何年何十年…何百年掛カロウト…
 …イツカ…貴女ガソレニ心カラ納得シ…コレデ何モカモガ終ワッタ
 ト、心ノ底カラ思エタソノ時…貴女ニ死ガ訪レルコトデショウ…」

この時点で300年近く生きてきたジョゼ。
涙に濡れた顔をあげるとそこには例えようもない絶望が滲んでいた。

「…わたしは…一体何のために…」

弱々しく、ジョゼは立ち上がった。
レクイエムの勢いで室内の蝋燭は全て消えていたが
そのレクイエムの光で室内も見えていた。

今、その光も消える。

「…行キマショウ…」

「…その前に…消えた蝋燭に再び火を…」

ジョゼが呟くと、周りにある蝋燭に再び火が点る。
オーディナリーワールドの通り過ぎる腕が見える。

…そして…蝋燭の明かりに浮かんだ姿は…

「オーディナリーワールドだわ…あたしたちの良く知っている…」

ルナの呟き…そう、レクイエム化した後に戻った彼女は
あの途上の姿ではなく、今俺達がいつも見ている
オーディナリーワールドになっていた。

「…証拠だけをもってこいと言われていたけれど…
 仕方がないわ…証拠になりそうな…彼の記録した…
 この…身の毛もよだつような手記でも…持って行こうかしらね…
 …ああ…王室や貴族のスキャンダルも…持っていった方がいいわね…」

怪我からの復帰もあるだろうが、初めてのレクイエム化で
相当にスタンドパワーも使ったのだろう、ジョゼの表情には
疲労が濃かった。

「…答えになってないけれど、これが答えよ、ウインストン。」

ジョーンがウインストンに言った。

「…重いなんてモンじゃあねェぞ…
 なんでそれでも俺達の前であんなふうに振舞っていられたんだ…」

そんな悲しい人生などあるのかという思いでウインストンが言った。

「…オーディナリーワールドが全身鎧をまとったのは
 「強くなったから」じゃあない…ジョーンが心の閉じ方を
 完全に理解したからよ…」

ルナが力なく呟いた。

「…どうあれ死ぬことが出来ないのなら…
 わたしにはそうするしかなかった。
 …でも…そう悲観するものでもないわ…
 これでも数百年、知識や技能を身につけて…
 後どのくらい何が必要かまだまだ判らないけれど…
 わたしはこれでも前を向いているつもりなのよ。」

部屋を物色するジョゼを見つめながらジョーンが更に呟く。

「一度まとった鎧は外せない…だけど…そう…
 ファーストステージの最後で家族には伝えたのだけど…
 わたしはこれでも…今、結構幸福なのよ…
 …初めての仲間に…」

今のジョーンは決して絶望などしていない。
むしろK.U.D.Oの連中と触れ合うことで希望さえ感じている。
…君は強いよ…
ジョーンは立ち去るジョゼを見送りながら言った。

「…この後…もう一度…今度は政府の隠密数人と
 ここに来ることになるわ。
 もっとちゃんとした捜査のためにね。
 …きちんと法律にのっとって裁けなかったことには
 落胆してたようだけど、何しろスキャンダルの回収、
 そしてわたしは殆ど中を検めていないし
 その気もないことを強調したことで
 その辺りは喜んでもらえたわね…報酬も多かった。」

「信用されたのか?」

ウインストンが聞き返すと

「…わたしはただ世間では裕福な家の娘にしか許されない
 「女の身で勉学を修める」という事をしたいだけ。
 まっとうに稼いでそれが出来るのならそれに越したことはないし
 それ以上の分はわたしにはない、ときっぱり言ったのよ。
 実際、学者の家で働いていたし、ラボアジエの活躍を聞いて
 フランスに飛んだりしてた訳だしね。」

「…拷問の末のレクイエム化なんて体力も気力も
 失いつつぼろぼろの状態で職務を果たしたわけだしね…」

ルナが呟いた。

「…この後数年まともにオーディナリーワールドが使えなくなったわね。」

「…今は?」

先ほどのジョーカーの一件、その前にも一度恐らくレクイエム化している。
だからアイリーは気になったようだった。

「今は…まぁ疲労はあるけれど、大丈夫よ…
 オーディナリーワールドとの付き合い方もだいぶ熟知したしね…
 …調査が完了して報酬を受けたあと、イギリス各地に
 それまでの財産を隠して回ったわ。
 …その時にジプシーの中の「本物の」占い師に出会ったわね。」

「…何て言われたの?」

「…わたしも打ちひしがれていたしね…
 老婆だったのだけど、水晶を通し…
 無理にイギリスに留まることはない、欧州に渡り
 長い時間を過ごす事となるだろう、
 そしてまたここに来る時が来る、ってね…」

「その人の名は覚えてる?」

「…苗字か名前か忘れたけれど…「アイシーン」と言ってたわね。」

「…そっかぁ…」

「…なんかよぉー…マジ命かけて稼いでたんだなぁー…
 死ねねぇなりにギリギリ踏ん張ってよぉー…
 なんかエジンバラの時とか申し訳ねぇーよなぁー」

「…判ってくれればいいわ…わたし的にはそれで
 このステージも意味があったと思う…。」

ジョーンが案外財産もちということでちょっとそれに頼ることも
初期の…特に男連中は考えてたようだな。
ポールもウインストンも申し訳なさそうにした。

ジョーンはいつもの微笑みに戻っていたが、
それでもやっとこのステージが終わったということで
一つ安堵のため息をつき、そして「どこか」に向かって言った。

「ゼファー…、聞いてるわね?
 一箇所リクエストするわ。」

皆驚きの表情をした。

「…ちょっと貴女何考えてるの?
 この上貴女が何で無用な苦しみを受けないとならないのよ!?」

ルナが強い調子でジョーンの言葉に噛み付く。

「…これは…みんなの将来のためにも…あるいは
 知っておいたほうがいいかもしれないことよ。
 ジタンもゼファーも。」

『…おいおい…どういうことだい? それは…』

流石のゼファーも混乱したようだ。

「1940年初頭…スイス山中の鉄道くらいしか
 目玉のない小さな町…そこで偶然わたしが
 列車待ちの時に関わることになったわ…
 …わたしの人生で唯一の「吸血鬼」との遭遇ね…」

「…エジプトで言ってた「石仮面」とやらの力で
 生まれた奴らか…?」

ウインストンが聞き返すと、ジョーンは頷いた。

「そこにも状況的におかしいところがあるわ。
 わたしにとって何が辛いというものではないけれど…
 「わたしたちの介入」があったのかもしれない。
 …それに…吸血鬼化した者はまだ僅かにだけど
 人間社会に溶け込んでいる可能性がある…と
 当時同行した軍人さんが言ってたのよね。
 …ロンドンにも潜んでいるかもしれない。」

『興味はないでもないけど〜…う〜ん…』

「彼らの運動能力、特殊能力はスタンドのそれともまた違う。
 かなり危険で厄介よ…基本的に邪悪な人間が
 邪な欲望に取り付かれ仮面をかぶって発動することが多いらしいし
 …出会ったとして…敵になる可能性のほうが高いといっておくわ。
 …そして…つまりわたしの「波紋使い」としての
 リサーチも出来ることになる。」

『…なるほどね…君らが関わったという痕跡もあるようだ…
 …こういうことはやらないつもりだったんだけどねぇ…
 うん…なるほど君の言うことももっともだ…
 知らなければ対処も出来ない、では君の言った時代に送ろう…』

奴のスタンドの「音」が響く、しかし、上昇音ではなく
なにかこう、リズムを刻むような感じだ。

目覚まし時計のような音までなりやがる。

…どこまでもふざけた野郎だが…さて…一体何が待っているのだろう…

----------------------------------------------------------------

アイリーだよ
…なんかすごい嫌なステージの後でちょっとテンション低いけど。

「冬のスイス」と聞いていたから、今度は誰も
寒いの何のは改めて言わなかった。
でもジョーンは何も言われなくても空気を暖め始めた。

本当に山の間の小さな町で…あたしたちは少し郊外に居る。
後ろのすぐそばを鉄道が通っていて…
目の前は凍った小さな湖があるのね。
白と青の世界。
ああ、こんなトコ、普通に旅行か何かで来たかったな…

凍った湖の上では地元の子かな、湖の真ん中近くを
二人スケートをして遊んでいる。

低いテンションだけどウインストンが呟いた。

「湖の真ん中に雪を山と積んでおけよ…あぶねーだろあれじゃ…」

「…え? どーして?」

あたしスケートって室内リンクのしか知らないから聞き返すと

「湖に張った氷っていうのは真ん中が薄いモンなんだよ…
 例え子供だってあんまりはしゃいでたら割れて落ちるぜ?」

「へぇー、そうなんだ。」

ルナはアメリカ南部出身でやっぱり室内リンク
でしかスケートの経験がないこと
ケントも知らなかったようで、二人とも「へぇ」って言った。

ジョーンが

「…いいところに気付くわね、そう、それがこの事件の始まりになるのよ。」

また空気レンズをつくり、そしてここから
一キロくらい離れた湖のそばの「駅兼ロッジ」にズームした。

「ここでは会話も聞いて欲しいから、向こうからの音量も上げるわね」

湖のほとりのちょっとしたカフェにコートをまとった女の人…
というか…髪の毛はちょっと巻いてるけどボブにしてて、
小洒落た帽子に手袋、そしてタバコをふかしているのは…

「…あの格好…今思うと恥ずかしいわね…
 ジョアンヌ=ジョットよ…」

「…まぁ…当時の時代を最大に反映したようなファッションではあるわね。」

アールデコ? だったっけ?
なんかそんな感じだね。
ルナのテンションは低いけど、ルナらしい感想を言った。

「まだまだ差別は厳しかったとはいえ、やっと「女であること」の
 枷は緩んだ時代、ちょっと謳歌してたのよね。
 …19世紀末からぽろぽろ社会進出はしてたものだけど
 この時代…ネーターやリーゼが活躍してた事もあって
 わたしも大学に忍び込んで公聴してたものだわ。」

「…ネーターってネーター定理のかね?」

ポールが聞いてくる。

「ええ、そうよ。
 この10年位前はドイツにも入り浸ってたから。
 リーゼもその頃ね。」

「ネーターは苗字で呼んでリーゼはマイトナーとは呼ばないのね…」

低いテンションながら、ルナはジョーンに突っ込んだ。
あたしやケントやウインストンはなんだかわかんないけど
有名な人なんだろうってくらい。

「ネーターは公聴してただけだったけど、リーゼはね。
 戦争が終わった後…女中としてちょっとその下で働いたりしたから。」

「リーゼ=マイトナーの下で働いた…やっぱりきっかけは
 核分裂を理論的に証明したこと?」

「か…核分裂?」

あたしが思わず言うと

「わたしが先ず始めに「封印すべき」ものをきちんと数字で
 示してくれた、おかげでわたしは何をどうすればどんなことがどの程度
 起きるということが判りやすくなったわ。
 直接教えを受けたわけではないけど、感銘を受けたから。」

ジョーンがそういうと、まだ落ち込みの激しいルナだけど
詳しく教えてくれた。

「リーゼ=マイトナーはオーストリア生まれの女性物理学者。
 …ハーンとシュトラスマンのウランに対する実験に
 数字で根拠を示した。
 それによって、核爆弾の製造が実際に可能か考えられるようになったわ。
 …どうあれ、原子力発電なんかにも関わるわけだし
 ノーベル賞ものの活躍をしたんだけどね。」

「…取れなかったんだ?」

「ナチスの台頭でゴタゴタのまま亡命せざるを得なかったこと、
 女であること、
 女でありながら、女の義務…まぁ結婚して子供産んで育てるとか
 そういうことをしてなかったこととか…
 …腹立つ理由だけど、かなり近年でもそういった例で
 受賞を逃した優秀な女性学者はたくさん居るわよ…」

「…そっかぁ」

あたしとルナのやり取りにジョーンが

「…それでも学業に従事する女性…
 学業に従事することを選び続ける女性が増えたことは大きかったわ。
 …あ…ほら、見て…ジョアンヌの隣に…来たわ」

ジョーンが指差すと、
男の人らしい勢いのある足音が三人分。
そして…ドイツの軍服を着たちょっとえらい人風の人と、
その部下らしき人二人がテラスにやってきて、
ジョアンヌの隣のテーブルに座った。

屋根の庇で顔とかはよく見えない。
帽子もかぶってるしね。

でもその偉い人風の男の人が部下に言った。

「…まったく…大雪でイタリアからの列車が動かんだと?」

「…はっ…そのように先ほど連絡がありました。」

「…使えん奴よのぉー…まぁ雪には奴も敵わんか…
 折角この町に奴らが潜んでいると情報を得たのだが…」

「数日待ちましょうか…」

「…ぶわっかもんがぁぁーッ
 我らが来たことを奴らも察知するだろう、
 また逃げられるぞ、まったく…」

「一応こちらにも紫外線照射装置はありますので…
 …このまま決行いたしましょうか?」

「…そーしたいんだがなぁーッ
 …だが奴らもあの戦いを逃げ延びたそれなりに狡猾な奴らだ…
 何かしら罠があると見て間違いないだろうッ
 そうなると奴の力が必要になるんだがなぁ…」

将校らしき偉い軍人さんが何か困った風にしてると、
さっきの湖で遊んでる子供たちが目に入ったようだね。

「…あのガキめら…あんな湖の中央近くで遊んでては…危険だぞ?」

ウインストンと同じ危惧を抱いたようだった、その時…!

恐れていた湖の氷の決壊とともに子供の悲鳴と、
一人が更に割れた氷に飲み込まれちゃった!!

「…ああーッ! だから言わんこっちゃないぃーッ!!
 おいッ! お前らッ!! とりあえず一人だけでも
 確保せいぃーッッ!!」

「…はッ!! …し…しかし…」

子供の重さで割れたんだ…大人じゃあ…
なんて少し戸惑ってる横で、ジョアンヌは真っ先に湖へ駆け出した!

「…ぬぅぅーーッ!?
 おい、コラ女ッ!!
 お前も危ないぞッッ!!」

将校さんがジョアンヌに向かって叫ぶと、ジョアンヌは涼しい声で

「…大丈夫よ、わたしならね…」

高いヒールの靴を履いてるのに、氷の上を滑ることなく
全力疾走に近い走りを見せている。

「…あれは…」

将校さんが呟く。

「あれはジョーン、つまり波紋で氷面に
 「くっつき」ながら走ってるということよね?

ルナが冷静に言うと、ジョーンは頷いた。

ジョアンヌは割れた氷の際まで来ると、呼吸を深く数回して、
そして湖面の見える水の上に足を置いた。

…これはあたしもエジンバラの北で見た…波紋だね。

ジョアンヌが割れて浮かんでる大き目の氷を
オーディナリーワールドも併用して壊して沈みかけた子供を救い出した。
すぐさまその子を抱きしめ、脈などを見ているようだ。

そして

「「水」を服から選択的に抜粋、身体の中を微妙に振動させて
 内部から熱を生成して。」

「判リマシタ」

オーディナリーワールドでその子を助けられると確信したか
ちょっと安全な氷面まで戻ってから、水を吐き出させることと
人工呼吸をしながらスタンド効果も使ったよう。

…程なくその子は息を吹き返した。

もう一人の子は岸辺まで逃げたところを軍人さんに保護されてた。

救った子を抱きかかえながら、ジョアンヌが戻ってくる。

…将校さんはニヤリとして部下の人に言った。

「…おい、メッシーナの奴に伝えておけいッ
 今回はもういい、代わりを見つけた、となッ」

「…は…? しかし…その…「代わり」とは…」

「何を言っているッ! 今のあれを見なかったのか
 この馬鹿タレがぁぁーーーッッ!!
 …おい、女ッッ!」

岸辺まで近づいたジョアンヌに将校さんはかなーり偉そうに言った。

「…わたしのこと?」

「…まずその子供を、部下のものに家まで運ばせようッ
 仕事の話があるッ!
 嫌と言われても無理にでもつれて行くぞッ!」

何? この人のこの押しの強さは…
あたしらですら眉をひそめるのに、当のジョアンヌも
流石に同じように眉をしかめた。

「…話がわからないわ、ちゃんと説明してくれるかしら?」

「…おぬし…波紋の戦士と見たッ!
 我らは去年の闇の一族掃討作戦の折僅かに逃した残党を追っているのだッ!
 これはドイツだイギリスだは関係のない人類の存亡にも関わる
 重要な仕事であるッ!!
 付き合ってもらうぞッ!」

「…柱の一族のこと?」

「…いや、奴らは既に倒してあるッ!
 奴らが部下として犯罪者などから石仮面により作り出した
 「吸血鬼」の残党がこの町に二人潜んでいると情報を掴んだのだッ」

「…噂程度には聞いた事があるわ…吸血鬼…」

「…お前…有色人種ではあるが…見事に欧州の時代を反映した
 格好をしおってからに…ずっと欧州にいた波紋使いなら
 つい去年までガタガタやっておったあの事件を知らんのか?
 お前ほどの若さならベネツィアにいたのではないのか?」

「…確かにわたしは波紋使いよ、見た目はこれでも…
 貴方ならその意味判るんじゃあないかしら?
 …それにわたしは今波紋がどうというよりもっと知らなければ
 ならないことの勉強に忙しいのよ…」

「…そうか…なるほど…リサリサもあれで実際の半分ほどの年齢にしか
 見えなかったものな……とはいえ…としてもリサリサと同じくらいの
 年齢のはずだがァー…」

高圧的だった将校さんだけど、やっぱりそこはデリカシーが働いたんだろう

「…いや、まぁ野暮はよそうッ、ともかく我々は
 一応対吸血鬼装備を持っておるのだが、
 とかく奴らは狡猾なものが多い、何かしら罠もあるだろうッ
 波紋の戦士であれば、それなりに運動や能力的に
 奴らに拮抗できるはずなのだッ」

「…それでさっきイタリアの…多分ベネツィアの方に連絡が
 どうのって話をしてたのね?」

「聞いていたのか」

「…ふふ…おかしな人ね…貴方の声量じゃあ
 数百メートル離れてても聞こえちゃうわよ。」

ジョアンヌがおかしそうにすると、残ってた部下の一人が思わず噴出した。
将校さんは彼をヘルメットの上からだけど殴ると

「ええいッ、笑うんじゃあないッ!
 ドイツ軍人はこんな時に笑わないィィーーッ!!」

ジョアンヌはおかしそうにしてたけど、

「正直に言うわ、わたしは柱の一族を見たこともない、
 吸血鬼にも当然遭遇したことがない。
 …だからわたしの波紋が通じるかは判らないけれど…」

軍人さんたちはジョアンヌの次の言葉を待った。

「…通じるかは判らないけれど、でも、いいわ。
 引き受けましょう。」

「よしッ!
 おい!
 メッシーナの奴にちゃんと伝えるんだぞッ!」

「…は、はいィーーッッ!」

下っ端さんがその場を走り去る。

「…礼儀はあえて忘れることにする、
 俺がドイツの軍人だと言うことはわかるだろうし、
 先ず君のことが知りたいッ
 …君の名を聞かせて貰おうッ!」

「…ジョアンヌ=ジョット
 貴方の名は?」

将校さんは帽子を取った。
異様な形のコルセットが顔のいくらかを覆っていた。

ジョーンが補足した

「…彼…今で言う「サイボーグ」なのよね…ありえないわ…w」

「サイボーグぅぅ!!?」

あたしら全員さっきの低いテンションはどこへやら
思わず叫んだ。

将校さんはびしっと立って言った。

「我が名はシュトロハイム!
 ルドル=フォン=シュトロハイム少佐だッ!!」

辛いステージじゃあないって言うけど、
なんかすごいステージではありそうだね…(汗

第十幕 閉じ
 戻る 一幕 二幕 三幕 四幕 五幕 六幕 七幕 八幕 九幕 進む