第十一幕 開き

「…幾らなんでも聞いていい…?
 触れないことは優しさかも知れないけれど、
 これからそれなりに危険な場所を同行するわけだし…
 …貴方は一体…」

ジョーン…じゃねぇーや…ジョアンヌが
理解不能といった感じにその
シュトロハイムとかいうヤローに聞いた。

ケントだぜぇー。

「俺の身体はゲルマン民族の英知の結晶であるッ
 俺は元々柱の一族に関する基礎データを
 収集する目的でメキシコで任に就いていたが
 …その際サンタナ…まぁ一族の一人だが…
 予想以上の能力に取り逃がすところでな」

ヤローは少し間をおいてよぉー

「何とか奴に弱点である日光を浴びせようとしたのだが…
 …まぁ俺自身の体の「中に」潜り込まれてしまったのだ。
 そうなったら助からん、おれは手榴弾で
 自爆し、奴を陽光の下に曝してやったのだッ」

「…手榴弾で自爆…?
 …でも…それでは…」

「そうッ
 俺はそこで一度「死んだ」のだッ!
 だがしかし、俺の行動からそこに居合わせた
 波紋使い…まぁその時は才能だけで
 何とかやってたようなヒヨっ子だったがなッ
 …ともかくそいつがサンタナの捕獲に成功し
 そいつのつながりでスピードワゴン財団に
 サンタナは収容され重要なデータとして
 我がドイツにも情報はもたらされたッ!」

ヤローは手袋を脱いだわけよ、
なるほど、義手というにゃーあまりに仰々しい
「機械の手」が覘くわけだ。

「その功績もあるだろうッ
 俺は誇り高き民族の全ての技術力を集結し
 「対柱の一族」の能力を持つ機械の身体での
 復活を遂げたのだッ!」

話を聞くと「状況」はかなり厳しそうだったのは判るし、
笑い事でもねぇー。
だが、どーしたってサイボーグとして復活ってなぁーよぉー
…ジョアンヌを含めオレ達も首を軽く横に振って
「信じらんねー」

ジョーンがそん時に

「…まぁこの後実際に現場に向かう時に
 詳しい経緯が語られるのだけどね、
 本当のところは生命反応が完全になくなっては
 復活も何もないから、寸でのところで
 スピードワゴン財団によって彼は回収され
 柱の一族の情報と共に彼の功績として
 本国に送還されたらしいのね、
 機械の体のほうも多少財団の技術が入ってるみたいよ、
 …どっちにしても…かなりありえない話なのだけど」

ジョーンの呟き、一キロくらい離れた山荘から
一応こっちには音声を拡大して軍人三人と
ジョアンヌの会話が聞こえてるわけだがよぉー
…シュトロハイムって奴だけは音量絞ってほしいよなぁー…
主張の強い…それだけ自分に自信があるというか
自分を信じているポジティブなヤローなんだろーけどよぉー

「…俺には祖国からの命というのもあるが…
 実際に奴らの能力を体験し、奴らの野望も
 目の当たりにした経緯があるッ!
 …どうあれ、奴らを逃すわけには行かんッ!
 例え能力的には柱の一族に劣ろうとも
 邪悪さにかけては引けをとらぬような
 吸血鬼を…このまま世に残して戦場に赴き
 俺はくたばる訳には行かんのだッ!!」

そいつのその台詞にルナがよぉー

「…この男…ジョーン…というかこの当時のジョアンヌまでの
 彼女の人生と真逆だわ…
 生きる執念と目的をしっかりと持っている…
 …でもそれで居て…
 そうであるがゆえに…
 …ちょっとジョーンに似た立場でもある…」

おれたちはよぉ、「?」って感じなんだが
ジタンがそんなルナの次に思い立ったか、そんな顔してよぉー
ジョーンはルナの言葉に少し嬉しそうに言った。

「…1940年といえばもう第二次世界大戦に入っている。
 それなりに人類の限界を超える能力を有した彼は
 「軍人」としても「戦力」としても不可欠なことでしょう、
 …でも彼は軍人としての誇りよりも
 人として誇り…邪悪との戦いを選んだ…
 …そう、彼はわたしとまったく逆に強い使命感で
 生き延びてきた…
 …そしてそうであるがゆえに…
 死ねない体になっている、ともいえる…」

ジョーンはよぉー、シュトロハイムをちょっぴり
懐かしそーに見つめた。

「…わたしがこの時点で唯一…
 「友達になれそうかな」
 と思った最初の人物ね…」

「…でも…ジョーンって確か…」

アイリーがちょっと口を挟むとルナが

「…シュトロハイム隊…あたしはその名だけは知ってたわ。
 1943年…スターリングラードで殲滅している…
 …ありえないサイボーグの身体で特別な性能を
 持っているからといって…歴史が示す事実はたった一つ…」

最近物理の本なんか読んでるけどよぉー
やっぱ歴史にはつぇーな、こいつ。

「この仕事の後…しばらく吸血鬼退治に
 回っていたようだけど…彼と再会する事はなかった。
 もし戦争なんて大きな騒動がなかったなら…
 彼は少しづつ機械化を進めながらだと
 200年は永らえたかもしれない。
 吸血鬼はさらにゾンビの手下を作ることが出来る。
 はっきり言って無限連鎖に近い…
 本当に全てを終わらせるなら…
 …だけれど…時代は残酷よね…」

「無限連鎖…しかしかなり制限はありそうだね?」

ポールがよぉー、分析したようだ。
いや、オレでもわかるぜぇ、何の制限もないなら
今頃メチャ大変なことになってるだろうからなぁー

「この後見ることになるわ、吸血鬼、ゾンビとも
 陽光を浴びると途端に蒸発するように死ぬの。
 どんなに邪悪だろうと最初にその知識がなければ
 次の朝には地獄行き、ですからね…」

「なるほど」とポールも俺たちも頷くんだが

「昼間に奇襲をかけるのは…相手にもよるが
 かえって危険な気もするな…罠を仕掛けている可能性は高い…」

ジタンが呟く。
しかしこいつ、こういうときにあごに手を当て、
考え込む動作とか女っぽいな…いや、そっちの奴じゃないと
ウインストンは言うし、かなり「理性でのみ動く奴」ぽいからよぉ
気になんねぇっつったら気になんねぇんだが

「俺もそう思うが…それでもやるのには二つ意味があるだろう
 あいつらの言ってた「気づかれて逃げられる」って言うの以外に…
 まず「だからこそこちらも最高の力で挑む気構え」
 次に「それでもやはり昼間なら逃げ道をかなり制限できる」
 …追い詰める自信があるからこそできる考えだが…」

ウインストンが続いた。

「シュトロハイムや…あの部下どもは場慣れてると見ていいんだろうな」

ジタンが言うと、ジョーンが頷いた。

「戦地に送られた部下もあったようだけど、
 数十人居た部下も何人かはこの掃討作戦中に亡くしているらしいわ。
 結局のところきちんと場数を踏んだ歴戦の勇者でなければ
 勤まらない、そういう類の仕事ではあるしね。」

「そういう意味じゃ、ドイツも天晴れだわね…」

ルナが呟いた。
そうだよな、オレでも知ってる。
ドイツは戦争に負けたんだ。

「開戦に至る経緯やその間の出来事なんて
 今じゃ詳しく調べることもできないのよ。
 「思ったほどドイツは悪くないんだ」
 なんて知られちゃまずいのかもね。」

更にルナが呟いた、

「日本もそうだな、当の日本人が一番当時のことを知らない。
 知っていても相当曲げられた知識で胸をはれないよう
 押さえつけられているって感じだよ。」

ウインストンが言うとジタンも頷いた。
ウインストンの昔の彼女だか日本人だって言うけどよぉ
ジタンも知ってんだろうな、その女の事。
まぁ、昔はずっとつるんでたんだろうから
当然ちゃ当然だけどよぉ。

「大変だね、世界って。
 あたし、そんな大きなもののこと気にしてないからなぁ」

アイリー

「知っておいた方がいい歴史もあるわ、要らない偏見は確実にあるからね。
 けど、知らないままで居られた方がいい歴史もある…」

ルナだ、今回のこの攻撃のことなんだろうな。
あいつの眉間のしわが濃くなる。

ゼファーってヤローのこと、相当憎んでる表情だ。
オレ達もよぉ、はっきり言って人なんて殺したことはねぇーし
どうあれ、やっちゃ行けねぇ事の一つだと今でも思ってる。
(あー、ウインストンやジタンは若けぇころ
 結構やんちゃだったらしいから、わかんねぇが)
だがよぉ、奴だけは例外だな、奴と、奴のボス。
この二人だけはオレたちは殺してもいいとさえ思ってるのは
誰も口にはしねぇーが間違いねぇ。

丁度よくこの攻撃の話に戻ったところでロッジの四人が動き出した。



山林を歩く4人、それほど速いペースではないが、
それを追う私達は結構大変だ。
気温を上げ、音をなるべく立てないように気を使いながら
道の外を歩くわけだからね…ああ、私だ、ポールだよ。

気温を上げつつ、雪が不自然に溶け出さぬよう、
こちらからの音を弱く制御し、向こうからの音量は上げる。

何気なく享受しているジョーン君の能力だが…
この領域にたどり着くまでに数百年を費やしている…
なぜだろう?
そんな最初の頃の素朴な我々の疑問はとても罪深い
疑問だったと今思い知らされている。

その原因や結果についても詳らかにされているわけだからね。
…知らなくてもいい当時の本物の状況で…

そしてシュトロハイム少佐はこの作戦に至る経緯を語りだした。

「時は1800年代後半にまで遡る…
 いや、柱の一族と石仮面の起源にまで遡れば
 遥かな昔なのだが…それが今現在、どうして首をもたげたか
 それにはやはり70年の月日を遡らなければならん。
 イギリスの貴族の事故と、そこに居合わせた悪党から
 話は始まるのだ…」

人のよすぎる貴族、ジョージ=ジョースター卿は
事故に居合わせ略奪にやってきた悪党を命の恩人と認めてしまう。
そしてその悪党の息子を引き取り立派な教育をさせる事で
報いよう、というのが何よりの間違いだったらしい。

上昇志向が強く、かなり黒い考えに満ちた少年、ディオは
成人したある日に卿を含めた同年代で卿の息子、
いわば兄弟のような存在であるジョナサン=ジョースターを
含め殺害を計画する。

それは一人のチンピラ…後のR=E=O=スピードワゴンなのだが…
かれの助言などもあって阻止できた。

しかし、ディオは若き日のジョナサンとの喧嘩で石仮面の
発動条件を知っていた。
血に反応し、仮面の縁から大きく長く鋭い骨針が飛び出す仕組み。
最初はこれを単なる拷問道具と考えたようだが、
何かの拍子にそれが人間の限界を超える脳の何かの力を
呼び覚ますものだと知る事になったようだ。
(弱点である陽光の存在も、この時だったようだが…)

追い詰められたディオは石仮面を自主的にかぶり、
ジョージの血で覚醒した。

ジョナサンはこの時の戦いで全てを失いかけるが
一度はディオを屋敷ごと炎の中に葬った。

…ディオは生き伸びていたわけだが、そのディオの
復活の合間にジョナサンは石仮面を追うウィル=A=ツェペリと出会い
波紋を教わるのだ。

戦いは凄絶を極め、師であるツェペリなども失いながらも
最終的に…ジョナサン自身の死を持って一応の決着がついた

しかしその50年後、石仮面とそれにまつわる柱の一族の目覚めが重なった。

メキシコでの彼らの災難の後、ジョセフ=ジョースターは
イタリアにて波紋の本格的な修行、そしてその時
同じく50年前に石仮面と対峙したツェペリの孫、シーザーなどとも
喧嘩もしつつ、いい友情に育まれたようだったが…

結果最終的には柱の一族の目指す「究極生物」への覚醒を許してしまい
(その覚醒の一撃を放ったのが自分であったことを
 シュトロハイム少佐は何より悔やんでいた。)
ジョセフと自分の命をかけた戦いに火山の噴火が手伝って
その究極生物を地球外に「放り出す」ことで決着がついたようだったが…

前述のとおり、石仮面は吸血鬼を、吸血鬼はゾンビを生み出すことができる。

途中途中で隙間のあった波紋の軍勢の攻勢の間に覚醒した邪悪は
それなりに居たであろうし(実際究極生物になった者の
 配下として100人ほどの吸血鬼が居たらしい)
それらの中でも更に自らの部下としてゾンビを持ったものが
あったかもしれない。

いや、ジョセフたちがアメリカへ渡ってしまった後、シュトロハイムは
部下を引き連れ、確かに「残党」を見つけてはそれを葬ってきた。

吸血鬼もゾンビも行動に制限がある、社会的身分もかなり築きにくい。
(空軍の将校にまで上り詰めたものもあったようだが…)
しかしそれだけに生き延びる方法はあるということだった。

…少しだけジョーン君のこれまでの人生も彷彿させる言葉だね…

必要以上の仲間を作らず、定期的に居場所をかえるか、
周りのものを始末する。

そしてその残党の一派を今このスイスで見つけ、
残党狩りの時にはいつも呼んでいたイタリアでの
当時の波紋の師範代「メッシーナ」に連絡をつけたが
豪雪でスイスまでやってこられないという時に
そこにたまたまジョーン君…当時のジョアンヌ君が居合わせた…

運命なのだろうね、これも。

「…ひょっとして邪悪でない、ごく普通の人間で
 吸血鬼かゾンビになったものがあるかもしれない。
 いえ、ゾンビはかなり邪悪の思考に支配されるらしいから
 吸血鬼で…精神を普通に保っていられるものがあったなら…
 逆にわたしはそっちと友人になれるかもしれないのに
 …この時のわたしはそう考えていたけれど、
 …まぁ、この後の展開でそれはなさそうと思い知るけれどね。」

ジョーン君の何気ない一言だったが、
今の我々にはこれがとんでもなくジョーン君の本音であるのだと判る。
吸血鬼の…柱の一族のように永遠に近い命を持ちながら
精神はジョージ=ジョースターのようなお人よし。
ルナはまた思いつめた表情になった。

…目的地に着いたようだ。
欧州ではごく普通の大きさの…しかしあまり使われてなさそうな…
誰かの別荘なのだろう、真冬はあまりに不便なゆえ
恐らく夏しか使われていないことを知った上でそこに潜伏…

と、先に訪問者があったようだ。
ドアをノックしている…郵便配達員のようだが…
(ポストが埋まっているのだ、
 しかもこの大雪はそれこそつい最近のもののようで
 家を使用している痕跡も見受けられたので配達員は
 直接渡そうとしたらしい)
シュトロハイムが叫ぶ。

「おいッッ! いかぁぁぁーーーーんッッ!
 今家に近付いてはならんんンンーーーーーーーーーーーーッッ!!」

怪訝な顔をして振り返った配達員、まずそこにナチスの
軍人が居ることに驚いた様子だったが…
ドアに対して背中を向けた瞬間、ドアが荒々しく開き、
吹き飛ばされそうになった彼を何か…槍のようなものが
その体を貫き、叫びと共にあっという間にドアの奥へと
引きずり込まれてしまった…!

「…何のためらいもなく…こんな殺害方法を…!」

ジタン君が呟く。
さすがのBCでも(恐らくは)無差別な殺人など制限されているだろうし
本人たちも無駄に社会へのリスクを負う事は避けているだろう。

その「ためらい」が無い…その一点でジタン君は軽く慄いた。

「…どのみちもう助けられないわ。
 そう、これから一行が戦う奴らはこういう奴らなのよ…」

ジョーン君は家のサイドに回り、更に茂みや薪の積まれた場所を
巧みに利用しながら手早く家の壁についた。
その動きの無駄の無さ、幾ら音量や視界の制限などを施してあっても
限界があることをよく知っているからこその隠密行動。
こんな時の彼女はもう一流のスパイそのものだ。

「ウインストン、今からわたしが手で指し示す方向に沿って
 風で多少切れ込みを入れておいて貰えないかしら」

ジョーン君の声だけがまだ少し離れている我々に直接近くで
語る音量でそう言った。

「崩れやすくするんだな?」

「ええ、ここでおかしいところは例え木作りの家だとて
 簡単に壁が壊れた一件があったこと…
 多分今ここで壁に細工を「今のわたしたちが」するんだわ…」

なるほど、ウインストンも納得して、遠めに威力を十分抑えた、
そして崩れた時に不自然に壁一面などにならぬように
努めてこの「荒っぽい」細工を慎重にスタンドを操りながら
やってのけた。

「ウインストン、随分細かい芸当覚えたんだねぇ」

アイリーが少しびっくりして声をかけたが、
タバコの修行の前には彼にはこんな「気を遣った」細工はできなかったろう
「そんなちまちましためんどくせー事やってられるか」
という彼の台詞が聞こえてきそうだが、実際やってないことは
やれないかもという彼のプライドがそう叫ばせるということを
付き合いの長い私やジタン君はよく知っている。
ジタン君も一瞬驚き、そして親友の成長に少し満足そうにした。
そしてそんなジタン君の視線はジョーン君に注がれた。

ジョーン君が頑固で自分しか信じないようなウインストンも変えた。
心からそんな彼女を尊敬し、そして羨ましいと思ったようだった。
ウインストンにとってジタン君は親友ではあるが、三つ年下というのが
やはり「先輩後輩」的な何かも生み出させたし
ジタン君の進言も断ったことが多々あったのだろう。
容易に想像がつく。

しかし、それを嫉妬には発展させなかったようだ。

そうだろう、ジョーン君の凄絶な過去を「直接」見てきたのだ。
それでも人間であることもやめず、前を向いて歩くこともやめない
そんな彼女に引っ張られるのはある意味当たり前なのだ。
一日の長どころではない、600年近い経験の差があるのだから。

「…ま、俺にかかっちゃこんな細工、朝飯前だがな」

ちょっぴり嬉しそうになりながらも、そこはウインストンらしく強がった。

「いざとなればジタン、あなたも「その瞬間」劣化で手伝って」

ジョーン君が我々にも来る様に手招きしながらジタン君にも言った。
自分にもやれることがある、その一点はジタン君もちょっぴり強がったように
微笑みながら

「ああ、当然だ。」

ジタン君も入り口付近の4人に気をつけながら茂みから家の壁にいる
ジョーン君の元へ馳せ参じた。
若い彼らには…そして我々に関する知識はまだ乏しいジョーン君などは
これが単純に強まった結束と感じる向きもあるだろう、
しかし私はここに未来を見た気がしたのだ。

確信したのだ、ジタン君は、将来絶対K.U.D.Oに戻るだろう。
K.U.D.Oは確実に一流とまでは言わないが、成長するだろう
そこでジタン君は一流のエージェントとしてジョーン君や…
若い彼らと共に働くのだろう、感慨深くなったが、気づくと
私以外の全員が壁に移動していた。
あわてて私も後を追う。

「あああ…ポストマンの奴…
 あんな残忍な奴、ここ最近お目にかかっておりません!
 これはやばい、やばいですよォォォーーーーッ!」

兵の一人が慄いた。

「判っておるッ!
 これも「今」仕込まれた罠だと判ってはいるがッ…!」

シュトロハイムは眼光鋭く一直線に正面玄関のドアを開けた。
まだ、生きているかもしれない、それが例え
自分たちを誘い込む罠であったとしても、生きているなら
それを救わねばならない。

彼の判断は人として非常に立派ではあるのだが、しかしそれは
対人間で相手が一人や二人ならともかく、
それは人間の能力を凌駕している「化け物」の張った罠なのだ。
無謀だ。

ジョーン君は家の隙間から漏れる中の光景を
冷たい空気、暖かい空気、水蒸気などを駆使して
拡大して見られるようにした。

家の床に先ほどの郵便配達員が重傷でそのまま
転がされてるのが見えた。

シュトロハイムは全方位で警戒をしながらも
一歩一歩配達員に近付く、しかし近付くに連れやはり
配達員に注意が集中しがちになった瞬間だった。

「危ない、少佐ァァーーーーッ!!」

頭上から大きな刃が落ちてくる。

「むむぅぅぅゥゥゥゥーーーーーッッ!」

シュトロハイムが手でそれを受けようととっさにそう動くが、
さすがの機械の体でも無事では済まないだろう、その巨大な刃。
「危ない」の段階でもうジョアンヌ君は体を動かしていた。
シュトロハイムの体に背中からよじ登る感じで
彼の手より先に自らの手が届く位置に指先を回し

「波紋疾走ッッ!」

そう、エジプトで見た。
「くっつく波紋」という奴だ。
ただ、重いものを支えるという向きではないから、
一時的にそれを力で支えつつ、タイトなスカートが破れるのも
厭わずにもう片足で

「メタルシルバー・波紋疾走!」

これも見たね、その波紋が火花に似た光を散らしながら
刃と、それを吊るすものであろうチェーンを駆け上ってゆくのが見える。

暗くて見えない上の方で、誰かがかすかにダメージを受けたような
声が聞こえた。

「…な…なかなかやるな…」

シュトロハイムがジョアンヌ君にそういうと、
そう、本物のスパイの顔になっていたジョアンヌ君は
少し微笑んでシュトロハイムの方へ向き直って

「勝手に肩の上に乗った無礼は許してね、
 そして…(ここでまた真剣な表情に)今の一撃は
 まだ「熱いやかんに手を触れてしまった」程度の
 ダメージにもなってない軽いものだわ…動きの早い奴のようね…」

シュトロハイムがその腕を振るい、刃とチェーンを繋ぐギリギリ辺りに
一撃をお見舞いすると、そう、一番強度的に問題がありそうな一点に
正確にパンチを決めて、刃を真っ二つに、そしてチェーンからは離れさせ
ジョアンヌ君が指と足をどけると、それらは床に重い音を響かせ落ちた。

「恐らく刃を振り子にしてつねに罠を作動させておくつもりだったのだろうッ!
 いい作戦だッ!
 流石にあの戦いを逃げ延び今まで居た奴だけのことはあるッ!
 だが…ッ、我々は人類を超越せし選ばれた戦士だッ!
 もう逃げられんぞッッ!!」

そして彼は全方位の警戒を続けつつ

「おい、部下ども! 何をぽかーんとしておるッッ!
 配達員を確保し、とりあえず陽光の元においておけぃッッ!
 流石に今お前らまで退避させるわけにはいかんッ!」

そこは流石に人道一番とも行かない。
どのくらいこの家に潜伏していたかは知らないが、罠はこれだけではあるまい、
いかに人間離れしたシュトロハイムやジョアンヌ君のタッグでも
不測の事態には備えなければならない。
少なくとも、そう予感させるだけの相手ではあるようだ。

「…その肩の…「紫外線照射装置」…とかいう機械…
 やはり「ここぞ」という時にしか使えない…?」

窓を塞いだ吹き抜けのフロアの二階部分は暗闇、下手に動けない。
ジョアンヌ君はシュトロハイムに慎重に聞いた。
ここまででそれを使わないということは、それが弱点でもあるのだろう、
という事だね。

「…スピードワゴン財団との共同開発…
 我がドイツの技術力は世界一…とはいえ…部下も減り
 このような片田舎まで歩いて任務をこなさねばならん事情…
 小型軽量化したとはいえ人間の身で数十キロの荷物を抱えた行軍では
 照射回数に限度がある…
 不利になるような事を喋ってしまった事にはなるが…
 俺が入室した時点で照射せずに居た事でお前と同じ疑問と結論を
 奴らも抱いた事だろう…ッ
 残念ながら「それも作戦の内」といった事ではないのだ…ッ」

ジョアンヌ君は周りへの警戒をシュトロハイムに任せ、
配達員を外に連れ出した後また恐る恐る入室してきた部下二人に向かって

「…水筒…あるかしら?
 投げてよこして…
 中身は何でもいいわ…水でも、ウオッカでも…」

「は?」

部下達がぽかんとする。
こんな時に喉が渇いた?

シュトロハイムも一瞬怪訝そうな顔になるのだが

「…何をしておる…ッ
 あるなら渡さんかッ!
 水筒の中に酒が入っていようと咎めはせん!」

部下が周りを警戒し、そしてジョアンヌ君の言動に
戸惑いながらも水筒を投げた。
ジョアンヌ君はそれを受け取りながらも全方位警戒に移り、
指先に波紋を集めたのだろう、鮮やかに水筒の上1/3ほどを切り落とした。

そして彼女はそれを飲むのではなく、水筒から漏れずに残った
表面張力ギリギリの水筒を見事なバランスでこぼさないまま
波紋特有の呼吸を始めた。

「…?」

流石のシュトロハイムもそれがどういう行動なのか掴みかねたようだったが…

水筒の縁ギリギリまでのその手…恐らくは酒なのだろうが
その表面が奇妙な波紋を見せ始めた。

「…二人居るといっていたわね…ではこの方法も恐らく一度しか使えないけれど…」

ジョアンヌ君がその波紋の模様を眺めながら、静かに、だが力と熱意を込め

「…二時の方向、階段の踊り場の柵の上…ッ!」

そう叫ぶやシュトロハイム君の肩からその方向へ大きくジャンプするッ!
一瞬でジョアンヌ君が何をしてたのか悟ったシュトロハイムは上半身の
服を破けんばかりの勢いで脱ぎ、先ほどジョアンヌ君が言った
「紫外線照射装置」を起動させたッ!

「紫外線照射装置ィィィィィイイイイイイイーーーーーーーーーーッッッ!!」

現代で言うところのブラックライトだが、狙いが定まっているかどうか
「人間の目」で目視がつくように、それは可視光線も含んでいた。
サーチライトの強化版のようなまばゆい光がかなり広範囲で浴びせられる!

そこには、なるほど、邪悪な面持ちの剥いた牙も禍々しい男が居た…!
弱点とはいっても一瞬でかたがつくようなものでもないらしい、

「何ィィィイイイイイイーーーーッッッ!!!」

体にプロテクターのようなものはつけているが、やはりダメージ!
その吸血鬼がとっさに逃げる道筋として選んだのは…

「…そう、「場慣れた」というのなら、突然の紫外線の攻撃から
 隠れる為には…利用するでしょうね…わたしを…ッ!」

邪悪に天才的なその身のこなし、そして突っ込んできた「正体不明の女」
隠れるのと同時に女を始末して盾に出来る
一瞬でそんな判断をしたのだろう。

確かに、天才的だった、だが、そう、それはジョアンヌ君。

「感じるわ、あなたから…わたしの持つ波紋とは対極の邪悪な波動を…ッ!」

飛び掛りつつも、ジョアンヌ君は左手に水筒を持ったままだった。

「………ッッ!!!」

咄嗟とはいえ、位置がばれた事をもっと怪しむべきだった。
波紋は単なる武道ではない、それは生命と逆生命を探知する
波紋によるレーダーだったのだ!

それでも動きの早い吸血鬼は、ジョアンヌ君の攻撃圏内から逃れる動きを
彼女の影がある範囲で行った、やはり…相当に場慣れている…!

「そう…、そうするわよね…」

手すりまでジャンプしたジョアンヌ君は左手の水筒の中身を一直線に
吸血鬼に投げつけながら着地の態勢で見事な動きを見せながら足でその中身を
回し蹴りつつ、広範囲に飛び散るようにして、そして

「ターコイズブルー・オーバードライブッッ!!」

液体に波紋を効率よく伝える為の波紋…ッ!
飛び散ったそれは吸血鬼にとっては手榴弾のようなもの…!
体に広範囲に飛び散りそうなその水滴を飛び退りながらも
右手で払ってしまう、そして、その腕は音を立てて蒸発を始めた!

「うぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーーーッッ!」

波紋が体を伝わるのを防ぐ為に吸血鬼は右手の二の腕辺りを
左手で無理やり切断したッ!

「さぁ、第二の罠、もう一人の罠が発動しないうちに終わらせてしまうわ…!」

ジョアンヌ君が呼吸を一つ、整えたそんな時だった…ッ!

「ぬぅッ!?
 いかんッッ!
 いったん退けィィッッッ!!」

紫外線照射装置の一度目の照射時間が限界に達して消えようというその時、
二階部分の廊下の奥から、シュトロハイムは人影を確認したのだった!

シュトロハイムのその視線から第二の罠の発動を感じたジョアンヌ君だったが…!

彼女と吸血鬼の居た階段と踊り場部分は一気に崩れ去りつつ、
その直下の一階部分の床から槍が幾つも突き出してきたッッ!!

「!!!」

シュトロハイムも部下も一瞬息を飲んだ!
落下する事や槍が刺さるダメージなど吸血鬼にとっては
「それほど大きなダメージではない」
とはいえ…仲間をも罠に使うとは…!

「…テメー、このクソBBスラッガー…!」

落ちた吸血鬼が埃の奥に見えたときには、やはり全身槍に貫かれつつ
まだ悪態をつく生命力を見せていた。

ジョアンヌ君は…

「邪悪…そして狡猾…とてもその意味が良く判ったわ…」

槍の一本に片足の足先だけで立っていた…そう、それもやはり波紋…!
我々も常々彼女の波紋によるありえない場所に立つ様や壁に張り付く様は
見てきてはいたものの、鋭い槍の先でさえものともせず立っていた。

「ジョーンの波紋って…これでも「強くない」方なの…?」

アイリーが流石にこの狡猾かつ一瞬で攻守の入れ替わる戦闘に
慄きながら聞いてきた。
思わずアイリーが聞いた訳だが、これに関してはルナも
我々全員も同意して彼女を見た。

「言ったでしょう、波紋は大きな未来への希望とその重責をもって
 初めて体得できる技だと…この時のわたしは…
 Mrスリムとは違う方向でだけれど、こんな邪悪な闇の生物を
 野放しには出来ない、彼が…シュトロハイムが
 戦場に赴く事より吸血鬼との戦いを選んだ理由もはっきり判った。
 この時のわたしのテンションは、確かに最高の状態になっていたのよ。」

二流だったかもしれないジョーン…この時のジョアンヌ君は
一流の戦士になっていた…!
突然の依頼に突然のこんな場面でも、彼女はいつでも
自分の成すべきこと成せる事を見出している、
確実に、今まで振り返ってきた過去の彼女よりも
ジョアンヌ君は成長している、そしてそれは
今のジョーン君に繋がっているのだ…!

刺さった槍はそのままに吸血鬼は槍の柄を折りながら起き上がった

しかしそれは「追い詰められた」という表情ではない。
まだまだ、戦う気力のあるものの目だ。

「ゆけいッッ!
 俺のは充電中だがお前らゆけぇぇぇぇえええいッッッ!!」

「はいッッ!!!
 紫外線照射装置作動ッッッ!!」

二人の兵士は装置を使うが、直接浴びせようという角度ではなく、
逃げ道を一本に絞るようジョアンヌ君側と吸血鬼の上部を狙って機械を作動させた!

「くそ…!
 テメーらもさすがにしつこいだけはありやがるッッ!!」

吸血鬼は後ろに飛び退り、壁に張り付いた!
そしてその壁とは…ッッ!

「レットイットビー…ッ!」

誰が声をかけようと振り返る前にジタン君がスタンドを発動させた!
吸血鬼が壁に張り付いた衝撃のその瞬間、壁の各所が劣化を始め
こちら側に崩れ落ちてくる!

「な…何ィィィイイイイイーーーーーーーッッッッッ!!!」

我々の居る領域には大きめの壁がかぶさるように、
小さな領域も全て覆いかぶさるようにレットイットビーや
オーディナリーワールド、そしてケントの壁が
うまい具合に倒れた幾辺もの壁で我々を覆った!

そして陽光の元に晒される吸血鬼!

「うぉぉぉおおおおお!!
 熱いッッ!!
 熱いィィィイイイイイーーーーーッッッッ!!」

その皮膚が崩れて行き、そして気化を始めた
そこへジョアンヌ君が一直線に突っ込んでくる!

「山吹色の波紋疾走ッッッ!!!」

太陽と同じ波長を作り出せるという波紋、後ろからその太陽
そして前からはジョアンヌ君の拳からの両面焼き!
吸血鬼は吹っ飛ばされながらも照り返しも激しい
雪面に服だけを残しながら、その残骸が着地する頃には
完全に消え去っていた。

「一人…倒した…ッッ!」

緊急とはいえ連れてきたジョアンヌ君の人選に間違いはなかった事に
まだ一人居るということを一瞬忘れシュトロハイムは流石に
安堵と喜びをちょっぴりだけ露にした。

しかしジョアンヌ君は、崩れた壁に不審を抱いたようだった。
そう、我々が細工をして崩れやすくしたのだからね、
「仲間を犠牲にする事をも作戦」だったのかもしれない、と
崩れた断面などをぐるっと見回したようだった。

だが、それは完全に「朽ちて崩れた」ものだった。
そう、それこそがジタン君の能力だからね、見た目には、いや
科学的な検査をしようとそれは「朽ちて崩れた」としか言えないのだ。

納得できない何かをジョアンヌ君は抱きつつ、振り向いたそこには…

第十一幕 閉じ
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