第十二幕 開き

「あああ…暑ぃんだよぉぉおお…
 チリチリなんてモンじゃねェー火傷しちまうゥゥーー」

入り口付近に待機の部下二人の背後に、入り口の庇まで
這いずるように戻ってきた配達員がそう言った。

スタンド戦の攻防でもやたらと展開の早いものはあるが…
ここまで全てがあっという間ってーのも、見てるこっちも冷や汗モンだな…
ウインストンだ。

一瞬どんな言葉をかけようかとその部下どもは振り向いたんだが…
そりゃ、もうぐしゃぐしゃに火傷したようになってて
まともな状態じゃあねェ…

こいつ…既に…!

配達員が兵の一人の足にしがみつき、一気に立ち上がると
もう既に人間の姿からかけ離れつつある化け物が牙を剥いた!

「ヒ…ヒィィィーーーーーーッッ!!」

「ゾンビが誕生しつつある瞬間」
流石に歴戦といえどそう何度もお目にかかったわけじゃないらしい
その兵はかなりひるんだし、隣にいる奴も慄いた!

「紫外線照射装置ィィィイイイイイイーーーーーーーーッッッ!!!」

シュトロハイムの装置が作動すると、その円状に一気に
「配達員だった奴」はその部分だけ吹き飛ばされた!

が…!
その時頭上からとんでもねースピードで今ゾンビにしがみつかれた奴に
覆いかぶさろうと飛び掛る奴が…!

…いや待て、今はその部下に向かっても装置を向けているといえる状態だ
(なるべく直で人間にも当てないよーにしているがな)

ジョアンヌも装置の作動と同時には飛び出していて、
吹き飛ばされたゾンビの残りの部分を波紋で更に吹き飛ばしたところで
上からの攻撃だ!
だが、そこは流石にジョアンヌ、シュトロハイムの攻撃で既に
ゾンビそのものの活動は止められた事はわかっていたようで、
上からの攻撃にまた逆立ちで「そいつ」に向かって足蹴りを食らわす!

…そいつが「人間に」ダメージを与えようとしてたなら、
その足蹴りを食らわせられたろう。

だが、そいつは飛び掛った兵士の肩の「機械」…「紫外線照射装置」
だけを破壊し、そして日の殆どあたらない反対側の壁に一気に飛び退った。

…直で日が当たらないだけで、もう入り口からの吹き抜け部分は
壁が崩れた影響でかなり普通に視界良好だ…
おかしい、奴は「吸血鬼」じゃあねーのか??

殺る気満々のそいつ…白人にしても色が真っ白で、殆ど防具らしいのは
つけてねェ…
関節部分に幾らか布巻いたり、動きやすい部分少し覆って…
目には何か溶接工がするようなゴーグル見てーなのをつけている…

さっき倒した奴や今のゾンビにしても直射日光に当たってないとしても
この光量で何のダメージも受けていない…!?

「…どういうことだ…うぬら吸血鬼がなぜ…」

シュトロハイムも流石にたじろいだ。

「さぁー…なんでかねェー」

さっき倒されたもう一人によるとBBスラッガーという名前らしいそいつは
にやけた顔で、しかし殺気満開で一行を見た。

「…体の全面に塗られた化粧…いえ、塗料…主成分が二酸化チタンだわ…」

ジョアンヌが呟いた。
波紋戦なんて普段見慣れねーモン見てたから俺たちは別世界に迷い込んだ気に
なってたが、こういうときのジョーン…おっと、ジョアンヌは
俺たちの良く知るジョーンの顔になっている。
オーディナリーワールドがほぼ重なってだがわずかに見えたことも
あるんだろう、ジョーンの視力は異常なほどにいいが、物の成分やら
そういうのを見分けるにはオーディナリーワールドも必要だろうからな。

BBスラッガーはいきなり種を明かされたことに正直かなりムカっ腹立ったような顔をした。

「…科学者…もしくは少なくとも学んだ事のある者のようね…」

「…な…なんだァァーー? どーいうことだッッ!?」

機械の体の癖してこういうことには明るくないシュトロハイムが混乱したように言った。
いやまぁ、機械の癖してっていうのはちょっと言いすぎだがな。

「二酸化チタンを利用した塗料…白色の物質よ。
 白い色というのは光を全反射する性質を持つ、という意味…
 そして、二酸化チタンの特色は紫外線も反射させること…」

「弱点補強か…なるほど…ッッ」

シュトロハイムがかなりの苦渋の表情をした。
そうだろうな、やばい相手だ…自分の弱点を知り、それを補う術も持っている…
大出力の紫外線照射装置は流石にノーダメージとはいかないから壊したんだろーが
壊しに行けるほどには耐えられるという事だからな…

「よかった…本当にお前をここに連れてこれて良かったと思うぞ…」

静かにシュトロハイムはつぶやき、少しうつむいた。

そして顔を上げた時、露出した腹部にはどこにそんなものしまってたんだと
いうくらいの機関銃が奴に向けられていた。

「紫外線を反射する術を持っていたから…だからなんだァァァーーーーーッッ!!
 我がドイツの技術力はァァアアアアアーーーーー
 世界一ィィィィイイイイイーーーーーーッッッッ!!!」

腹の機関銃を滅多やたらに乱射させはじめた!
BBスラッガーはさすがにちょっとびっくりしたようだが、それでも数発目には
指を背後の壁に突き刺しまた漆黒の闇へ…二階部分へ逃れていった。

…しかしそれにしても…
必要以上に賑やかな奴だな…あまりの機能の多様さ…それ以上に
シュトロハイムの愛国心のあまりの強さに、吸血鬼へ突っ込む気で居たんだろーが
ジョアンヌは思わず半分あきれた顔になってシュトロハイムを見つめてしまった。

「…ごめんなさい…今のはチャンスだったのでしょうけど…」

「なぁーに…「それならそれで打つ手はある」
 「そして奴に傷を負わせたらその後は任せる」それだけの事だッ
 まだまだチャンスは始まったばかりだぞッ!!」

部下どももライフルを手にしている、手際がいいな、なるほど歴戦だ。

「怪我は負わせられたようだが…その血の量では今頃はほぼ回復だな…」

BBスラッガーが立っていた場所には確かにちょっとした血痕があるが、
なるほどその場に新しい滴りも落ちてこねーし、他の場所にも
そんな血痕はできていねー。

「回復力が高いのね…」

ジョアンヌはそれを知り、そして改めて自分が潰してしまった
チャンスを少し悔やむ表情をした。

「…お前、本当に吸血鬼は初めてらしいな、
 そうとも…ばらばらにしてもある一定以上の細切れにしないと
 活動停止にも追い込めん、すぐくっついて元に戻るぞ…
 かなりの疲労はするようだがな…」

ジョアンヌの心が揺さぶられてるのがわかる。
心情的には間違いなくシュトロハイムの側に立っているわけだが、
その異常な回復力なんかはまさに自分を見るようだ
自分はまさに「化け物」なのだとよぎったんだと思う。
ルナもやっぱりジョアンヌの表情につらそうな顔をしたぜ。

埃が舞う入り口すぐの吹き抜けフロア、壁沿いに階段があったがそれは
俺たちが崩した壁に面していた。

きらきらと光る埃の流れを、見つめるようになったジョアンヌ。
シュトロハイムが静かに、しかし強い意志を見せながら言った。

「…ぼうっとしている暇はないぞ…ッ!
 俺は既に次の手を打っているッ!!」

ぎしっ
と、家がきしむ。
こりゃ崩れる!
俺も皆も思ったが、ジョアンヌも僅かにだが全身で反応した。

「…俺はただ無闇に奴を撃ちまくったわけではないッ!」

みしみし、と崩れ始める吹き抜けのフロア部分、シュトロハイムの部下たちは
素早く出入り口から外に出て左右に展開したようだ。

やや心が戻ったような表情になるが埃の流れを見つめているジョアンヌ。

「おい!奴は確実に天井から落ちてくる瞬間俺たちを攻撃しつつ、崩れない
 家の奥側に逃走するだろうッ!正念場だぞッ!しっかりせいッ!」

もう、崩れ始めている、奴も攻撃と逃走のタイミングを計っているだろう!

「……いえ」

ジョアンヌの目に強い光が戻った。

「床を…撃って頂戴!」

「何ィッ!?」

しかしそこで天井が落ちてくる!
けたたましい崩落の音の奥に銃撃の音が聞こえた気がした…ッ!
ジョーンが呟く。

「流石にここからは姿は追えないわ、音声だけは拾うけれど状況はわたしが伝える。」

「…ひょっとして…地下に抜け道があったのかッ!?」

ジタンが気付いたようだった。
そうか、奴がさっさと奥に引っ込まずに吹き抜けフロアをうろうろしていたのは広いスペースを
戦闘のフィールドに仕立てつつ、逃走のための逃げ口も用意しておいたからか!

「流れる埃で床に空間があることをつかんだのね…流石だわ、」

ルナが呟くと、ジョーンが

「いえ…わたしはこの時結構本気でへこみかけてたのよね、シュトロハイムが家を崩してまで
 最も危険な状態にまで持ってゆきつつもそれでも自分を、そしてわたしを信頼しているのだと
 思ったらね…その途端空気の流れが見えたのよ。」

オーディナリーワールドが少しアクションを取ると、どうやら地下の音量を上げたようだ。

「テメェーら…小癪すぎるぜッ!」

BBスラッガーが叫ぶ。
ジョーンが補足する。

「そこは手掘りの通路…とはいえ、ある程度動き回れるように多少広さは確保してある空間…」

崩した床と更に上からの瓦礫を三人とも取り払っているのだろう音が聞こえる。

「小癪はお前の方だッ!! 一撃を食らわす事など考えもせずはがせる床板目掛けて
 逃走するつもりだったのだなッッ!!」

シュトロハイムが言うんだが…まぁ、こんな場合、まずはピンチと見せかけて安全なフィールドと
距離を確保するのも戦いの基本の一つって言や一つだからな。

ジョアンヌが通路の奥…場所的にはどうやら別荘から離れて森の中の方角のよーだが…
一直線に走り出したようだ。

「あッ!テメーッッッ!!!」

ジョーンが補足する

「…わたしは彼をシュトロハイムとの両ばさみにするようにしたかったのだけど、
 彼の手が一瞬早くわたしの足首を掴んだわ」

すると、ジョアンヌの苦痛を感じた声と共に、何かが凍って割れたような音が聞こえた。

「吸血鬼を甘く見てはいかんッ!奴らの中には触れたものの水分を瞬時に気化させ
 凍結させる能力を持ったものもいるのだッ!」

シュトロハイムが叫んだのだが、ジョアンヌのどちらかの足首から下はどうやら泣き別れ
地面に落ちたようだ。

「…けっ…なんでぇ、結構知られてるんだな…小出しにしてたつもりだったのによォー」

BBスラッガーはしかし不敵に

「足を潰しちゃしかし大した動きはできんだろーぜ…天井に張り付いて足に地面をつけて
 痛くないようにしてるのか?ぁあ?」

ジョアンヌはどうやら地下通路の天井部分に「くっつく波紋」でへばりついているのだろう…
その時に、アイリーが小さく叫んだ…!

「見て…!玄関の向こう側の…森に向かう地面ッ!」

ジョーンは、ふっと笑った。

「真っ正面から彼を抜いて奥にただで行かせて貰えるなんて最初から思ってなかったわ…」

雪の積もった地面がどんどん溶けて土が露出してゆく…!

「スカーレット・オーバードライブ…ッ!」

熱を効率よく伝えるための波紋…なのか!?

天晴れなのは、この時別荘の左右に展開してた部下どもの行動だ、
とっさに彼らは手榴弾のピンを抜き、作動させた上で雪の溶けた地面の森と別荘の
中間地点ほどにそれぞれ投げ込んだのだ!
何が起っているのかは、良くは判らないが、しかしこれを「攻撃のチャンス」と捉えたのだ!

当然、その部分はきれいに吹き飛び、地面に穴があく、そしてシュトロハイムが叫んだッ!

「紫外線照射装置ィィィィイイイイイーーーーーーーッッッ!!!!」

部下どもは、その声と同時に伏せた状態から起き上がり穴の方へ走ってゆく
穴の上から一斉射撃をして「僅かな時間なら太陽光に耐えられる」弱点補強を足止めさせる目的だ!

「くそぉぉおおおおお!!テメーらぁあああああッッッ!!!」

それでもBBスラッガーはダメージ覚悟で通路を森の奥へ進む事を選んだようだ、
その時、一瞬ジョアンヌとすれ違う形になる。

「む!?」

シュトロハイムが何かに気付いた声を上げるがジョアンヌは

「構わないで!そのまま充電が切れるまで照射を続けてッッ!!」

その叫びにルナが

「…オーディナリーワールドを使ったのね…彼の塗料から酸素を電離させた…!」

激しく何かが焼ける音がする、
そして更に…

「波紋にはこういう使い道もあるのよ…!」

ジョアンヌの叫びにジョーンがそれを近くの水滴をモデルとして説明して見せた
両手のひら程の雪から溶けた水は空中にゼリーのように半固体化していたそしてそれは

「レンズ…!紫外線照射装置の出力を更に絞り込み強力なビームにしたのかッ!」

ポールが叫ぶと、BBスラッガーの断末魔の叫びが聞こえた!
銃を構えていた部下どももとりあえず待機で固唾をのむ…!

一瞬の静寂の後…、空いた穴から白い手が部下のブーツを掴む…!
部下どもは一瞬ひるんでしまった…!
強い生への執着は、とんでもない気迫として彼らを飲み込んでしまったようだった…!

「…俺は…こんなトコロでは…!」

BBスラッガーが絞り出したように声を出すと…

ギュキュゥゥゥウウーンというか…なんて表現したらいーのかな
分厚い鉄の扉に鉛玉がぶち当たったような音が響き…BBスラッガーは穴の下から気化していった。

「足首が吹き飛んだなんてどうでも良かったわ、最後の一撃は山吹色の波紋疾走…
 とにかく突っ込んだ。」

ジョーンが呟く。

「なんてーか…ジョーンらしいな」

俺が思わず呟く。
部下どもがへたり込んだ、まぁ、吸血鬼の中でもこいつは強敵の方だったのだろう。

崩れた別荘の瓦礫をかき分け、シュトロハイムが出てきた。
その手には、凍らされたジョアンヌの足首が握られていた。
ジョアンヌは穴から割と華麗に飛び出す。

「…足は持ってきたが、大丈夫か?」

シュトロハイムが聞いてきた。
ジョーンがそれに補足する。

「凍った身体も泣き別れでなければ…まぁ波紋で治癒も本来可能だけれどね、つまり彼は
 スタンド使いではないからスタンドは見えないけれど、何かしらエネルギーのようなものが
 ジョアンヌから発散し、吸血鬼の鎧をはいだと言うことはその機械化された右目から判ったのよ。」

「ただの波紋使いではない…という事を理解したって訳ね…」

と、ルナが言う。

ジョアンヌは足のかけらを受け取ると、先ほども見せた熱を伝える波紋で凍った足を溶かし
多少苦痛を見せるが、それらをくっつけていった。
勿論波紋を全面に使っているように見せながらオーディナリーワールドを使っている。

「…わたしも十分化け物だわね…」

ジョアンヌが呟くと

「お前は人類の良心だ…正義の…神の化身だと言うことだ、感謝するぞ、まだ潜伏中の
 吸血鬼はゼロではないと思うが…今回の二人を倒したという噂は残党の頭を押さえておくには
 十分だっただろうッ!」

よろよろと立ち上がるジョアンヌをエスコートするようにシュトロハイムが支えて立ち上がらせると

「正直、このまま別れる事になるだろうというのは余りに惜しい。
 しかし、俺もお前も、成すべき事がある、あるだろう。」

部下たちに支えられながら、シュトロハイムもジョアンヌを支えて歩く。

「一晩傷を癒すのに宿代くらいは報酬を出そう、しかし、我らもその程度の軍資金しかないのだ、
 …笑えてくるな。」

どれほど大きな大義があろうと、世界情勢の中では余りに小さな戦いだった。
その為の費用などは大幅にカットされ続けているんだろう。
ルナが補足する。

「ドイツはもうポーランドへの侵攻を開始しているし、情勢を見ながら戦線を拡大しているわ
 たしかに、どこに潜んでいるとも知れない吸血鬼を探すなんて予算は割けないかもね」

別荘を去ってゆく四人をジョーンは追わなかった。
つまり、ここで終わりって事だな。

「別れる間際にシュトロハイムが言ったわ、
 ドイツはオカルトも戦力にならないかと研究をしている、お前のその泣き別れた足をくっつけた
 謎の能力も、似たような力を持つ者の発掘を始めているだろう、とりあえずドイツに近寄らない方がいい、ってね」

「スタンドを研究していたのか…ということは…」

ジタンが考え込むと

「なんだよォー、矢はそこにもあるかもってことかよォー?」

ケントが閃いたようだった。

「矢の存在は…結局謎だったわ、かなり主要都市は徹底的に破壊されてしまったしね。」

ジョーンが呟くとさらに空に向かって続けた。

「さぁ、ゼファー。 ここはこれでお仕舞いよ、本線に戻して頂戴。
 1940年6月14日…無血だったはずのドイツ軍のパリ侵攻の日にね…」

ゼファーはそれには応えなかったが、あのふざけたオーケストラの調律のような音が響く。

次は…戦争のステージか…ジョーンの口ぶりだと…結構荒っぽそうだぜ…!

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パリ…とはいえ、割と外れの方に俺たちは佇んでいた。
このステージは…俺が…ああ、ジタンだ、俺が伝えねばならない事情がある。

「あー、変わってる部分はあるが…見たことのある建物もあるな…おかしいな、なんで記憶にあるんだ?」

ウィンストンが見覚えのある風景と、見覚えのない部分との記憶のすりあわせに混乱してるようだ。
俺は、ウィンストンがなぜ、パリの外れのこの地区に見覚えがあるか、そしてなぜ、我々がここに
放り出されたかを知っている、そして今気付いた事もある…!

「つい67年前の風景なのに…やけに懐かしいわ…みんな、こっちへ来てくれる?」

ジョーンがそれほど広くはない通りに俺たちを招いた。

「さっきの通りは子供達の通い道でもあるからね…避難も遅れているし…まだ見られる可能性がある…」

「うん?ジョーンパリで先生でもやってたの?」

アイリーが疑問を挟む。
ジョーンが俺を見た。

「私設塾のようなものさ…当時のジョアンヌはパリのこの辺にある家の屋根裏に居候しつつ
 近所の子供…特に教育の機会に余り恵まれない子供…特に女の子を相手に色々教えていたのさ。」

ジョーンの視線に応えて俺が言うと。

「ジョーンの知識が飛躍的に広まった時期でもあるし…学ぶことや理解することの楽しさを
 特に教育には恵まれない女子に伝えたくて仕方なかったのね…らしいというか…」

ルナが呟いた。

「基本的にナチスドイツは無血入城だった…ただし、小競り合いというかな…やはり血がはやって
 それを拒む奴も居て…それらを排除、沈黙されるための攻撃等はあったって事でな…」

俺がそう言うと、ジョーンが

「ここでのやるべき事は…誰か一人…オペラ座の怪人張りの扮装で、始まった戦闘に対して
 ジョアンヌに状況を説明すること…よ。」

「それだけかね?」

酷く驚いたようにポールが言う。

「わたしの記憶にあって、今のわたし達が絡みそうな出来事というと…それしか浮かばないわ…」

ジョーンが少し困ったように言うと、ケントが

「じゃあ、戦闘に巻き込まれはするがよォー…割とすぐ抜けられるって事だよな?」

「いや…」

俺が口を挟んだ、そしてそれにはジョーンも少し驚いたようだった。

「俺はさっきまで今回のスタンド攻撃には『巻き込まれた』だけだと思ってたぜ…
 だが…この日、この場所に降り立ったことで俺は確信した…ッ!」

「ど…どういうこと?」

ルナとアイリーが…ルナは眉間にしわを寄せ何とか俺の言葉の真意を探ろうとするような声で
アイリーは純粋に二人揃えて聞いてきた。

「その前にジョーン…君はこの道は安全だと思っているようだが…甘いぞ。」

俺がそればかり言うと、どうやら始まっちまったようだ。
俗に言う市街戦のような戦闘ではなく、あくまで戦時に発砲するといった風情ではあるが
断続的に戦闘が始まった。
そして、隣の通り辺りからと思われる発砲音の後、少女の悲鳴が聞こえてきた。

全員そちらに視線をやると、どうやら脚を撃たれたらしい少女がぐったりしている。
ジョーンは躊躇無くその子に向かって走り出した。
そしてその子を抱えこちらに向かって走ってくるときだ、反対の通りからこちらに通ずる小さな道へ
パリ侵攻に反抗する者(この時はまだレジスタンスと言った組織的な物はなかった
 あくまで誰か個人の小さな反抗だった)が銃でメタ撃ちにされながら倒れ込んでくると
それを追ってきた…ナチスドイツが俺たちを発見し、問答無用に銃を乱射してきたのだ…!

「…ッ…!! ケントッ!」

ルナが叫ぶと、ケントは射程一杯に「壁」を出現させ、銃弾を受け止めるが…
ジョーンがその範囲まで戻ってきていない…!

「…この子を…!!」

とりあえずジョーンは怪我をした少女を自力とオーディナリーワールドの力とで
一気にこちらに投げつつ、射程一杯のケントの壁に到達しようとしたその時だった

壁からこちら側…空間に裂け目ができて、そこから人間の…そしてスタンドと思われる手が
出現し、少女を両手で投げたことでややバランスの崩れかけたその身体を、思いっきり通り側へ
突き飛ばしたのだ…ッ!!

複数のドイツ兵の一斉掃射される自動小銃の弾をバランスを崩しつつオーディナリーワールドで
数発弾くが…そもそも評価Bと思われるオーディナリーワールドの力では少しずつ押され…
そしてジョーンは蜂の巣になってゆく。

「ジョーーーーーーーンッッッッ!!!!!」

絶叫にも近いアイリーの叫び、幸いにも少女はケントの二枚目の壁に守られつつ、ウィンストンの風
などにも守られ、しっかり我々の方まで最初の一発以外被害はなく収まった。
ケントは射程をジョーンの向こう側に置くべく、少し走り込みながら三枚目、四枚目の壁を通りの
中央付近に並べて出現させ、左右だけを基本的に気にすればいいようにした。

俺たちはジョーンの元へ走る。

…しかしジョーンは既に百発以上は銃弾を受けただろう、部分的に肉も何も飛び散っている。
アイリーは余りのショックにヒステリーも通り越して何も反応できない状態になってた。
そう、どう見てもそれは「生きている状態ではなかった」のだ。

空間から飛び出した腕は引っ込みつつ

「なぁんだ…死ぬんだ」

「ゼファーかッ!! テメーッッッ!!!」

ウィンストンが声を荒げると

「生命活動停止状態…そう…ジョーンだって「死」と言える状態にだって落ち込むわよ…」

よくよく考えたらこんな時に一番取り乱しそうなルナは意外なほどに冷静に、
「ジョーンの破片」を拾い出した。

「イギリスでの拷問の後のレクイエム化…そして仕事の報告の後だって…多分数日
 自室で本当の意味で「死んでいた」はずよ…その間の記憶が当然無いだけ…
 実際にはジョーンは身体を大幅に入れ替えたりするたびに…何度か停止状態に
 なっていたはずだわ…」

「そ…それじゃあジョーンは…」

「放置してたって生き返るわ…勿論あたしたちがちゃんと処置を施せば
 それだけ早く確実に復活するけれどね。」

ルナが妙に静かに淡々とジョーンのかけらを拾い集め、そして吹き飛んだ元の場所らしい
場所に置き、まずは弾が貫通したと判るような場所にスタンドの手を出現させ、触れてゆく。

既にゼファーの開いた空間は閉じていたが、声だけは聞こえてきた。

「ああ、よかった。どれだけ不死身なのか試してみたかっただけさ…良かったよ、化け物で」

「テメェーーーーーッ!!!!」

ウィンストンが叫んだその時だった…壁の向こうから何かが投げ込まれてきた。
…手榴弾…!!

俺が現状維持ボールを張り巡らすのと同時に、激高したウィンストンは激しい突風を起こし
手榴弾をすごい勢いで向こう側へ飛ばした。

当然、それは壁の向こう…ドイツ兵たちの真ん前で爆発した。
とりあえずここの奴らは沈黙した。

「クソッタレがッ!」

抑えられない憤りを隠しもせず、ウィンストンは荒れたが

「ジタン、この辺でジョーンの回復を待てるような…彼女の当時の拠点…は、まずいか…
 どこか身を潜められる場所…知ってるでしょ?」

ルナは淡々とジョーンの傷の「表面近くだけを」次々と繕っていった…が…

「お…おい、ルナよォ…オメーのスタンドなんかヘンじゃね?」

半分くらい姿を見せていた「ア・フュー・スモール・リペアー」は明らかに
身体のあちこちにひび割れを見せて、少しずつ崩れているように見えたからだ。

「え…ちょっと…ルナ…」

アイリーが思わずベイビー・イッツ・ユーでルナに触れた。

「…大丈夫よ、別にあたし…特に体調も崩してないでしょ?」

「う…うん…でも」

「大丈夫よ…ジタン、ジョーンの身体に埋まっている弾丸多少荒っぽくでもいいから
 取り出せるかしら…?」

「ああ、荒っぽくていいなら…」

「頼んだわね…そして…その子…見せて、出血の具合からも即死レベルではないと思ったから
 ジョーンを先にしたけど…」

少女は気絶していた。
一応具合を見て止血程度はしていたポールが

「…大腿を撃たれているようだが…肉が削げることもなく貫通したようだ…不幸中の幸いだね」

ぽろぽろになりつつあるAFSリペアーの手が少女の脚の傷に触れると、取りあえず表面は治る。

「派手に動かさなければ内出血も多少抑えられるはずよ…どこか安全な…」

「…ああそうだ、さっきの質問に答えてなかったなルナ…いい家があるぜ…その子の実家だ」

俺がルナに声をかけると、ウィンストンが

「…おい…待て…1940年でミドルティーンの女の子で…その子の実家がすぐそこ…?」

ウィンストンが記憶の端を掴み始めたよーだが俺が先に言っておく。

「1940年パリ侵攻時…ドイツ軍に脚を撃たれたが「先生に似た人」が保護してくれて
 家をドイツ軍から守りながら…近所の逃げ遅れた人たちなども合わせて避難させてくれた
 人たちがいた…俺の祖母の体験談だ。」

「なるほど、生徒の中にあなたの肉親が含まれてたって訳ね…そして…今の口ぶりだと…
 なに? 期間不明であなたの実家をドイツ軍から守ること、住民の避難を誘導することも
 あたしらがやらなくちゃいけないわけ?」

「一晩でいいと思うよ、祖母は夜の間…寝ている間に地下道を縫って安全な場所に向かっていた
 らしいし…ちなみに終戦時…実家の被害は屋根と二階一部分を吹き飛ばされたに止まったよ。
 なんでも、ドイツ兵の一部であの家に関わると訳のわからない目に合うと噂になってたらしいな。」

「そういう噂が立つとなるとスタンドも全開で使っていいと言うことになるわね」

「そうだな」

「よし…とりあえずジタン君の実家に彼女とジョーン君を運ぼう…その後ですぐ、アイリーは
 ジョアンヌ君の行方を捜して呉れ給え…彼女の説得には私が向かおう。」

ポールが言い出した。

「おい、ちょっと待てよ、あんたにくぐり抜けられる情況かよ?」

ウィンストンが思わず言う。

「勿論君たち…いや、ルナとジタン君はジョーン君などの治療、家の保全で居て貰うとして
 それ以外のアイリー、ケント、そしてウィンストン、君たちは私の近くに居つつも
 ジョアンヌ君の前には出ずに、負傷者などをゴロワーズ家の方に誘導していって呉れ給え。」

「付近住民の避難の手引きもしなくちゃいけないみたいだからね…そして安全な避難経路は
 アイリーの能力無しに知り得ないし…ケントが居なくては何かがあっても防げないし、
 ウィンストンが居なくちゃ自力で動けないけが人を運べない…そしてあたしが腰据えて
 動ける程度まで回復させないと避難もさせられない。」

ルナが相も変わらず淡々と告げる。
反論の余地もない完璧な布陣だ。

「そういう事だね、余る人間は私一人だけだ、なに、一発なら無効化できるよ。」

「そういや、ポールそれ言ってたね。」

アイリーが言う。

「本当に一発だけだ、再度防ごうと思ったらちょっとスタンドパワー使わないとならないかもね」

ポールがそればかり言うと、俺がすかさず

「怪我人二人運ぶぞ、道は俺が案内できるから、アイリーは力を温存しておいて欲しい
 ケントは常に周囲に警戒しておけよ…」

「うん…判った…」

「お…おう」

持ち上げられたジョーンの身体の隠れていた傷口をルナはスタンドで塞ぎながら、俺たちは小道を抜け実家に向かう。
祖母の記憶は…この時の物だった。
この数ヶ月前ほど…まだ平和だったパリの実家の前でジョアンヌの私設塾の面々で撮った写真こそが
俺がまず見つけたジョーンの過去の軌跡だった…
俺は「巻き込まれるべくして巻き込まれた」という訳さ。



俺の実家に着く…まぁ、この時代俺は影も形もなかったはずだけどな。
あんまり外観も庭も何も変わってないよ…ヘンな気分だぜ…今俺が抱えてるミドルティーンの小娘は
「俺の祖母」なんだぜ…?
自らの身に奴のスタンド攻撃が及んだとなるとジョーンのあの「逃げ出したくなる感覚」が理解できるよ…全く。

玄関先でルナが言った。

「後はジョーンのことは任せて、早速アイリーはこの場所をスタンドで記憶しておいて
 そしてジョアンヌと生存者を捜して暗くなるまでに何とか大方を済ませて頂戴ね。」

「わ…わかったけどぉ…どの範囲の人まで助けたらいいんだろう…パリ中なんて無理だよ?」

アイリーが困惑している、当然だな。

「祖母の記憶だと、少なくともこの近辺でパリ脱出を選んだ人や家族…と言うことだろうな…
 アイリー、君の検索能力で生死や動けるかどうかの状態が判別できる範囲でいいんじゃないかな。」

「ん…それでも…結構広いなぁ…」

試しにアイリーがスタンドを展開して近くを検索してる。

「あ…ジョアンヌだ…ジョーンと殆ど同じ波長だから間違いないと思う…」

ポールがすかさず

「よし…、まずはその近辺からになるね…私も私なりに今現在フランス語もドイツ語も
 使える状態を駆使して説得や交渉などせねばならんだろう…ジョーンの記憶も
 あっさりしたものだったし…悪いがそちらは先にさっさと済ませてしまおう。」

「…で、ジョーンはよォ…どーなんだよ…?」

ケントがルナにジョーンの容態を聞いた。

「あたしが彼女の蘇生の手助けが出来るのは皮膚から筋肉くらいまでがせいぜい…
 吹き飛んだり破壊された内臓や骨まではどうしようもないわ…だから…そうね
 命の火が戻るだけでも数時間は要するかも知れない。」

少し冷静に見ると、ルナのオーバーオールやセーターはジョーンの血やら何やらで
かなりスプラッタな状態だ…

俺は若き日の祖母を抱えて、ルナはジョーンを引きずりながらとりあえずリビングに向かいつつ

「…くそ…ゼファー…このステージを超えたら次には絶対直接やってくるだろー…
 そんときは…ぶっ殺す…!」

ウィンストンが憎しみを露わに吐き捨てた。

「このステージを無事越えられることを前提としてはダメよ、ウィンストン
 ジタンのお婆様…つまりこの子の記憶とジタンの推理によると…
 程度は判らないけれどナチスドイツとの交戦で一晩この家を守り通しつつ
 恐らくこの家の地下から怪我人なんかを避難させないとならないのだからね。」

と、ルナが慎重に言う。
時間不明ながらジョーンが言っていた「眠れる度胸があるのなら」と言ってた
最終ステージの第一幕だ…祖母もこの日の一部始終は知らなかった。
(怪我から目覚めたらもう避難していた、家の情況については戦後になってから確認したことだ)
激戦地ではないにせよ、戦場で一晩を過ごせって事だ…

「地下道に通じる場所は…多分俺が作ることになると思う。
 地下室の壁で記憶にない補修した箇所が出来ていたそうだ。
 そういや、一箇所壁が違う場所があったことは覚えてる」

「…これも未来の記憶が過去の出来事に決定を与えた例だわね…あとね、ウィンストン」

「ぁあ? なんだよ?」

苛立ちを隠しきれないウィンストンにルナは冷静…というよりは冷たい感じで

「ゼファーは『好奇心』なんかでジョーンを突き飛ばしたのではないわ…
 彼の作戦に乗って平常心を乱さないで…成すべき事を粛々とね…
 それからね、『ぶっ殺す』何て台詞は…既に致命打を与えてから言う台詞よ…」

ジョーンへの仕打ちから先、やけに冷静だったルナのこの時の目だけは少し感情が見えた。
ルナは、絶対にそれをその時に実行する。
そういう絶対零度の冷たい目だった。

アイリーが少しばかりひるんだ、俺もこの目を知っている、ロンドンの公園で
ジョーカーを殺害したときのジョーンと…同じ冷たい目だ。
姿形も当然顔の作りも目鼻も、目の色も何もかも違う二人なのに、そこには
同じ温度の視線があった。
流石のウィンストンもそんなルナに飲まれちまったようで、一気に冷静を取り戻したようだ。

おかしなモンで、本体同士で争っても、そしてスタンドを交えたって絶対にルナの方が
遙かにひ弱だろう、だが、そんな「差」など意にも介さない、問答無用の迫力があった。

「…ま…まぁ、とにかく行こう…ジタン君、近所にマスカレードの扮装など入手できそうな
 商店はあるのかね?」

「…え…いや…流石に67年前となるとな…」

「オペラ座の怪人みたいなの…っていうワードであたしが検索するよ…とにかく
 大変な一日になるよ、行こう、ルナの言うとおり粛々とこなさないとあいつの思うつぼだよ。」

「お…おう、いこーぜェ」

四人が家を出る。
この間も、断続的に派手ではないが銃声がする。
恐らくは先ほど自爆させたドイツ兵たちのこともあるんだろう…
俺たちの行動が引き金になり、この地区での戦闘行為を激化させた面がある。
そしてそれを誘導したのは…奴だ。
ゼファーはきっと…このステージで幾らか史実をねじ曲げてでも潰せる奴を潰したかったのだろう
何せ戦時下だ、多少のことなどすぐ埋もれてしまう。
そういう歴史の「曖昧さ」を、奴も利用している…

第十二幕 閉じ
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