第十三幕 開き

場面は変わるが、引き続き俺がリポートする。
ポールたち四人が衣装を調達しつつ、ジョアンヌの近くまで来たようだ。

「ウィンストン…土地勘があるようだが…アイリーだけに頼るのは
 負担が大きいだろう…何とか思い出してくれんかね」

物陰から辺りをうかがいつつ、ポールが言った。

「そうは言ってもなぁ…あんたのトコロで働くまでの間…10年前から何度か奴の実家に
 行ったことがあるって程度だからなぁ…極力思い出すようにはするが…」

「彼女と一緒にぃ〜?」

アイリーがやや挑発的にウィンストンに聞いた。

「…え…?いやまあ…無かったとは言わんけどよぉ…」

ややばつの悪そうにするウィンストンに対して

「ゴメンゴメン、今は関係ないね。
 大丈夫、ここであたしが頑張らないと全部ダメになっちゃうもんね」

「とりあえずよォー、まぁ、俺が全力で守ってやるよ、全員よォー」

「ケントもすっかりたくましく成長したものだね、何とも、頼りがいがあるよ。」

足首まで隠れるような全身を覆うマントを羽織り、顔を覆うマスクをつけたポールが言う。
そして一人、通りに出て既に目視で確認出来、銃撃を受けたのだろう人を介抱しているジョアンヌの元へ向かった。

「一発は平気ってなマジ情報なんだろーなぁ…おい…
 それにジョアンヌの介抱している住民も避難対象にしておいた方がよくねーか?」

「そうだねぇ…ねぇ、ジョーンは「誰か一人が伝える」とは言ってたけど
 複数仲間が居たとも居なかったとも言わなかったよねぇ」

「んじゃ、俺たちもマント着てフード被ってよぉ…すぐ回収できるよう近くまで近寄っとくかぁー?」

「そーだな…」



ジョアンヌはうなだれていた。
介抱していた人物は死んだのだ。

「ジョアンヌ=ジョット君」

ポールはそこであえてきっちりとした英語で話しかけた。
一気に警戒し、その仮面の男(ポールだが)を睨んだ。
仮面の男は、周囲を気にしながら

「…私は君に敵意を抱いては居ないよ、ただし、見られるわけにも行かない事情があってね…」

「あなたも…「憑神持ち」なの…?」

「まぁ…そうなんだがね…君とは比べものにならない程ささやかな力なのさ
 恐らく誰一人として守ろうとすることさえ出来るか出来ないか…やっとそのくらいのね」

「…わたしも…無力だわ…急速に死へ落ち込む魂はもはや救えない…」

「大した能力ではないかね?
 つまり、致命傷を負ってさえいなければ救える可能性があるのだろう?」

「この力で…こんな馬鹿げた争いを鎮められれば…」

「…君の力は素晴らしい、それは確かだ。
 だが、では現代兵器で武装した集団にどれほどの影響が与えられるだろう?
 恐らく、殴る蹴るでは間に合うまい、では猛毒の純粋酸素や塩素を生成するかね?
 あるいは重元素の核分裂…さもなくば軽元素の核融合でもするかね?」

ジョアンヌは何も言えなくなって、ただ仮面の男を見つめた。
その表情は絶望だろう、科学は人類の幸福のためにこそあるべきもの…そう信じて
彼女は勉強しているのだろうからな…

「君の成すべき事は…波に逆らうことではない…その中にあって、全てでなくていい
 君の手の届く範囲の人々を支えることだよ…君の力は科学に基づいている部分が大きい
 だから…その知識や力は、直ぐ隣にいる困っている人々の支えに使うのだ。」

「それは…」

「さぁ…だが…そうだな、沢山の苦労をしてきただろう君なら、戦場にあって
 救えそうだが医療の手が届きにくい場で発揮することも出来るだろう
 もうあと数日もすれば…フランス政府はたち直し、レジスタンスを始め…む…!?」

どこからかライフルによる銃弾が飛んできた。
それがこちらを狙ったものなのか、流れ弾なのかは判らない。
そしてそれは、仮面の男に命中する…!

「………ッ!!」

ジョアンヌが絶句する…しかし、仮面の男が銃弾を受けて飛び散らせた物は血ではなかった。
細かい三角の…ブロックのようなものだった、ジョアンヌはそれが彼のスタンドの
「一つの状態」であることを掴んだ。

「…ふぅ…いやはや…」

軽く頭を振り仮面に手をやると、多少ではあるが出血しているようでその手に血が一筋滴る。

「だ…大丈夫なの? とにかく治療を…」

「いや…なに…(ジョアンヌから伸びる手を軽く断るように)油断のならない場所だね。
 さぁ、いつまでも話し込んでは居られない
 君は人々の前に立ち表に出ることはないだろうが…君なりの貢献の仕方はあると思うよ
 まずは耐えて呉れ給え、数年は地下活動になるかも知れない…では…いつかまた会おう。」

仮面の男がカラになった商店に駆け込む。
「追ってくれるな」
という意志だけはジュアンヌにもくみ取れた。

そして、やはりこれは抗いがたい時代の波なのだと言うことをかみしめたようだ。
今は、組織だって抗う勢力もない、その時まで…耐える他はないのか…

再びどこかの誰かがライフルで狙ったようだったが…ジョアンヌの姿が急に見えなくなった。
大気中の水分や空気の光の屈折を利用し、彼女をカモフラージュしたのだ。

「…長引くようなら…その時は決着をつけに行こう…
 シュトロハイムにはドイツに近寄るなと言われたけれど
 もし…能力者が集められて居るというなら…それはわたしの領分…」

……………
この後、名前は不明だが黒人との混血らしい、しかしかなり高等な教育を受けた者が
レジスタンスで負傷した者などを治療して回ったりしていたらしいという断片的な
当時の記憶を俺はあの取材から入手はしていた。

しかし、その件に関してはどうやら俺たちが絡む要素がないらしく、具体的な活動は判らないし
ジョーンもけして自ら話そうとは思うまい。



俺のスタンドが地下室の壁をぶち抜き、僅かに土があったと思えばすぐそこが地下に縦横に張り巡らされた
地下水道に通じていたことを改めて知ったわけだ。

「小さめとはいえワイン倉にチーズもあるわね…とはいえ、これらは避難民への配布になるかしらね」

「アイリーが結構救出できそうな人が多いと言ってたからな…仕方ない
 俺たちは後現実時間にして一日ほどであの日のロンドンへ戻るだろう、我慢だな。」

その時だった。
ドアを蹴破ろうとする音がある。

「?ウィンストンたち?」

「いや…金属音が多いな…」

俺は階段を上り、玄関に向かいつつスタンドを出現させる。
ドアを破り、ドイツ兵がなだれ込んできた。

「我々に対し発砲並びに手榴弾を使った者があるッ!」

俺はただため息をつきながら

「まぁ戦争だしな…残念ながら俺や俺の連れじゃないことは間違いないし、この家の者でもないよ。」

とりあえず、普通に対応してみたが、奴らは問答無用で上がり込もうとしている。

「やれやれだな…入室は許可しないぜ? 大切な我が家なんでな。」

ドイツ兵の一人が発砲する。
…勿論…そんなもの俺の能力の前には意味がない。
見えない壁に一瞬めり込むようにして床に落ちた弾丸はひしゃげていた。
まぁ、現状維持を1メートルほどの狭い範囲で使ったんだがな。

「問答無用かよ…話にならないな。」

現状維持の範囲を俺の能力の最大まで…この場合半径20mほどだ…まで順次広げてゆく。
この際、俺が許可をした奴、物…しか出入りは許されない。
当然ドイツ兵どもは抗いがたい「何か」に押され外に放り出され
ルナや俺の祖母はそのまま存在できる、という訳だ。

果敢に銃撃を試みる者もいるわけだが、跳弾で自らが、あるいは味方が負傷しかねない。

軽く恐慌状態に陥った兵達は退却していった。
…恐らく次にはもう少し火力の高い装備、あるいは戦術を使ってくるだろうが…

「幾らスタンドを全開で使っても許されるだろう状況でも…ちょっとあからさま過ぎやしない?」

ジョーンの治療を続行しながら(先ほど説明できなかったが、死亡状態と言っても
 細胞はまだ死滅していない状態だから外面を取り繕う程度の「治癒」は出来ている)
ルナは俺にいぶかしげな声を掛けてきた。
スタンドはぼろぼろで、普通なら「本体の死亡が近い」状態なんだが、ルナ本体は
至って普通に感じる、なんだろうな、何だか妙な塩梅だ。

「…こうなったらとことんさ…近代兵器と小隊程度の人数なんかじゃ太刀打ちできないと
 奴らにとことん認識させねばならん、神とでも悪魔とでも称させればいいのさ」

「…まぁそうなのだけど、あなた自身の写真とか正体を押さえられるような
 行動は慎みなさいよ、流石にそれはNGに繋がる恐れがあるわ」

家を守らなくては、祖母を守らなくては、とそれで頭がいっぱいになっちまっていた俺だが
努めて冷静でいた積もりだった、しかし、そうだな。

「…それもそうだな…戦争は探り合いでもあるからな…俺もちょっとばかり
 テンパってたみたいだな、やれやれ…」

家の窓の幾つかから外の様子を探るが、とりあえず奴らは今のところ完全に退いたようだ

「今のうちに地下の壁穴を補強して地下水路への道が崩れないよう確保してくる」

「そうして、そろそろみんなも避難者第一弾一行を連れてくるでしょう」



連れてくる人数は怪我人も含まれるので一度に多くは連れてこられない、
なので怪我人の治療を施し(この際重傷者は一旦避難より先にジョーンの復活を待って
 動ける程度にまで回復させる)数十人にまで動ける人間が増えた時点で
今度はアイリーが「安全経路」を確認しつつ、不測の事態にケントの壁、ウィンストンの風
そして、ポールの口八丁で他の避難者その合流、スペイン方向への逃走の手引きなどを行う
という感じで市街を走り回った後には、今度は地下水路を歩き回る。

それを、幾度か繰り返す事になる。

地下水路逃走第三弾を迎える頃にはもう夕方になっていた。

俺は二階に陣取り、ドイツ兵の姿が見えるたびに力を全開にして銃や手榴弾
と言った物に主に抵抗する、という事を断続的に繰り返していた。
正直、少し辛くなってきた。
そう思った時に、ルナのスタンドが俺の首の後ろ辺りに触れる

「弾の弾き返し方に堅さが感じられなくなってきてるわ、まだまだへばるには早いわよ。」

肉体は疲労しているのに、使命感がよみがえる。
フュー・スモール・リペアーは本当に優しいスタンドだ。
しかし、見るたびにぼろぼろになって行ってる

「…俺はいいよ、ジョーンや怪我人に最大限の力を分けてやってくれ」

「あのね、あたしらK.U.D.O側が安心して避難&治療を継続するには
 あなたの健康ややる気の維持も外せない要素なんですからね、強がらないで
 FSリペアーの力が必要なら遠慮なく言いなさいよね」

口は厳しいのに、こいつの本性は本当に優しさと気遣いの塊だな…(苦笑
思わずその苦笑が顔に出ちまった

「仕事なんて考えなくても生きて行けたような学生時代に君に会ってたら
 惚れてたろうな、全く、口の悪いナイチンゲールだ」

ルナの顔が赤らむ、いや惚れた腫れたじゃない、褒められるのに慣れていないからだろう

「…つまんないかっこ付けはいいから」

そこまで言ったときに、地下水路避難から戻ったアイリー達四人の声が階下から聞こえる

「おい、ルナ!どこだ!ジョーンが目覚めそうだぞ!」

「うわー!折れた骨が裏返ろうとして折角治した皮膚突き破ってるぜ、ホラーだぜェ−!」

俺に一言も二言も言い返したい表情のルナだが

「…行けよ、俺に突っかかってる場合じゃあないぞ」

「…〜〜〜…!判ってるわよ!」

階下では、ジョーンが呻いていた、確かに命の火は戻りつつある。
しかし「とりあえず間に合わせで戻しただけ」の骨は上下逆さまだったりで
元の位置に戻ろうとする際に繕った外面を突き破る、そこでまた新たなダメージと
なっちまってるわけだ。

おろおろしているアイリー、何かしてやりたいのに何も出来ないもどかしさを
体中に滲ませてる男連中三人。
そこへ戻ったルナが、ジョーンに向かってこう言った。

「聞きなさい、オーディナリー・ワールド
 皮膚や筋肉の浅い部分への負担はあたしが責任を持って治す
 だから遠慮なく内部の調整を急ぎなさい、何ならレクイエム化なさい!」

一度皮膚を突き破り、向きだけは元に戻った骨の部分に対して
皮膚の治療は任せろ、と言う事だ。
ちなみにこれにルナの責任はない、医学を学んでるわけでもなければ
場所によってはどこがどこの骨だか粉砕に近い状態の物まであったからな。
ジョーンに重なっていて見えないが、オーディナリーワールドはルナの力強い言葉に
その言葉通りに内部の治療に専念し、容赦なくあちこちの骨が元の場所に戻るために
折角治したとも言える表層を傷つけた。
ルナは淡々とそれらを再び治療して行く。

「…ほんとーに生き返ったなァ…しかしこれ、大丈夫なのかよ?」

恐る恐るケントがルナに声を掛けた。

「意識が戻るまでにはまだもう少しかかるでしょうね、その間に、
 もう二回くらい市街を回って避難者集められないかしら
 ジョーンが意識を取り戻すまでもう少し、ある程度動けるように
 なるまでとなると夜中になるわ」

「いーんだけどよ…怒鳴られるの覚悟で言うが、腹が減ってどうしようもないぜ…」

ウィンストンが代表して心情を吐露した。
しかしルナは怒りはせず

「…そこらの店からパンなりなんなり拝借できない?」

「そんな文明人として恥ずかしい事が出来るかよ」

ウィンストンがきっぱり言うと、アイリーやケントはやれやれ、と言う顔をした

「あなた、ヘンなところで人間の出来た人だわね…嫌いじゃあないけど」

「まぁ、それに例え拝借したとしても、それらは避難者に優先だよ」

ポールが正論をぶち上げる。
ルナはジョーンの持ち物を探し、小さめの袋の中からブドウとオリーブを取り出した。

「…彼女も文句は言わないと思うわ、四人居るから…」

沢山あるわけではないから一人一房ともゆかず、ある程度人数割りで四人に手渡した。

「これだけかよぉー…でもしょうがねぇのかぁ…」

力なくケントが呟くと

「皮も種も何もかみ砕きなさい、その全てを消化する気概でね」

「うへェー」

「ルナやジタンやジョーンの分は?」

「後で避けておくわ、あたしもジタンもまだ予断を許さないから」

袋から一房程度残ったブドウを見せながらルナは言った。

「明日の朝、何時までがここの勝負なのかは判らない、でもあと少しよ
 足りないでしょうけど、これで何としても粘って」

「…あと…避難の意思のありそうな反応はもう少しだから…そうだね、頑張るよ」

アイリーがブドウを幾粒か頬張り、ルナの言うように種までかみ砕こうとして
ごりっ、とかいう嫌な音がした。

「あいたたた、歯がぁ〜」

歯が欠けはしなかったが、ちょっと無理があったようだ、その様子にルナが少し微笑んだ。
男連中三人も、少し和み、同じようにブドウやオリーブを頬張った、そして

「よし、行くぞ!」



そうして、四人が街へ二度目の…一応ここで最後の避難誘導候補者を集めに行った時だった

微かだが苦しそうだったジョーンの息づかいが少し変調した、既に何度か聞いたので判る。
波紋を少し強めに練る際の息づかいだ。

そして彼女は目を覚ました。

「…こ…こは…?」

その時、恐らくドイツ軍も俺が「家を守るだけ」で攻めてくるような事はないと
判ったようで、戦闘も収まっていたので俺も階下に降りてきていた。
夜中になったらまた斥候やら奇襲やらを警戒せねばならんが、向こうだって
落ち着いて飯くらい食いたいだろう、俺もそう言ったわけで僅かなブドウとオリーブを
食っていたときだった。

「ジタンヌ=ゴロワーズの家だよ、判るだろ?
 まだ君の近くで気を失っているが」

ジョーンは俺とルナの姿を確認した後、ゆっくり痛みをこらえながら起き上がり、
少し離れたところにいる重傷者の中に先ほど助けた少女…ジタンヌが居る事を確認した。

「彼女は…あなたの血縁だったのね…」

「厳密に言えば血縁でもないんだ、登録上祖母だが…彼女は戦後猛勉強して
 人不足の中で教師になり、この家を孤児院にしたんだよ。
 曾祖父母の遺産もあり、運営上は問題もなかったし、そのうち孤児の何人かを
 彼女は養子にした、その、最後の養子の子供が俺なのさ」

ジョーンは感慨がまさったか何も言えなかったが、ルナが「へぇ…」と呟いた。

「祖母が教師を目指した切っ掛けは、勿論君だよ、ジョーン。
 『ジョアンヌ先生』の話は子供の頃から聞かされていたからな。
 君の正体を探る旅で真っ先にフランスに戻ったのは当然の話だろ?」

感慨で押しつぶされそうなジョーンにルナが声を掛ける

「ああ、そういえばごめんなさい、あなたのご両親からの賜り物だけど
 みんなである程度分けてしまったわ、これ、あなたの分。
 これ食べて、重傷者を動ける程度でいいわ治してあげて、
 もう少ししたらこの家から避難する人を誘導してアイリー達四人も戻ってくる
 動くのも辛いでしょうけど、よろしく頼むわ。
 …ああ、そうか、失血対策で表面治しちゃったから判りにくいわね…
 この人は左脇腹…この人が…」

ルナがジョーンの成すべき事を後押しする。
感慨の波に飲まれそうだったジョーンは現実に戻り、ルナの言うとおり治療を開始しだした。
治療しながら「いいわ、ブドウもオリーブもみんなで分けるつもりだったから…」とかルナに
少し微笑み返すほどにはジョーンに気力も戻った。

この流れで俺はジョーンが俺たちに与えた影響のでかさばかりを今まで考えていたが
そんな彼女に影響を与えるルナの存在がひょっとしたら今の俺たちのこの状況の
一番の縁の下の力持ちになっていると感じた。



夜中近くなったが、四人はまだ戻っていなかった。
アイリーとケントが居るわけだから心配はしてないが、恐らくドイツ兵の見回りなどを
避けるのにストレートに戻れず苦戦しているのだろう。

ジョーンはその間に重傷者も一応動ける程度には回復させていた。
彼女一人では時間はかかるが、例えば体に埋まった弾丸を取り出すのに皮膚近辺を傷つけても
そこはルナが瞬間的に治せるわけで、その二人のコンビネーションが回復のペースを早回らせていた。

そして、ジョーンもルナのスタンドがぼろぼろな事を気にしていたが当のルナは
誰がどう見ても健康状態を害しているようには見えず(強がっているようにも)
納得いかないまま納得するしかない状態。

それにしても…戦争中でさえなければ、いい月夜だ。

迂闊に灯を点せんので床に小さなランプを数基置く程度の室内、怪我人は殆どが
地下室の方でワインやチーズで少しだけ腹を満たし、避難の時を待っている状態。

怪我をしてから治療するまでが長かった俺の祖母だけが失血量から今でも部屋の中に寝ている。

ランプの微かな灯と、窓からさし込む月明かり、赤外線も見えるジョーンにはそれなりに
部屋の様子もよく見えるのだろう、懐かしそうに部屋を見回していた。

「…このアップライトピアノ…懐かしいわ、時々調律の仕事も請け負ってたのよ」

「ああ、それも聞いてるよ、いつも調律したての状態確認の為に何かしら弾いていたと
 祖母も言っていた、余り難しい曲じゃなくてサティだっけ、あの辺を良く弾いていたとか」

「サティは面白い人だったから、腕前自慢みたいな曲も殆どないし確かに良く弾いたわ。
 オジーブとかサラバンドが多かったかな」

「渋いわね、大概サティと言えばジムノペディ#1かグノシェンヌ#1でしょうに…」

と、呟いたルナが更に

「じゃあさ…ちょっと弾いて見せてよ、いい夜だわ…油断できない状況である点を除けば」

「ええ…」と、ジョーンがピアノの椅子に着こうかと言うときに、避難待ちの人が数人
地下から上がってきて、アイリー達四人と俺たち三人で分けてくれ、この恩は忘れない、と
幾らかチーズやワインを渡してきた。

「いいんだ、俺達はここで『やらねばならんことをやっているだけ』なんだからな
 それよりパリを脱出しても避難にどのくらい時間がかかるか判らない君たちの方で
 有効にそれらは消費してくれよ、生き延びてくれ、俺たちは大丈夫だから」

俺はそう言うし、ルナにしてもジョーンにしても「ここはあと半日ほどの我慢だ」と
判っているからこそ言う訳なんだが、そんな事情、彼らに判るはずもないもんな
結局押しつけられて、彼らはさっさと避難待ちに地下まで戻って行っちまった。

「ワインか…くそ、ここが戦場でなければな、
 ピアノ演奏に月明かりなんて最高のひとときじゃあないか」

そんなとき、何か少し考え事をしていたルナがジョーンに語りかけた。

「ジョーン、タバコある?」

「…え…? ええ、…ああ、幾らか吹き飛んでるけれど無事なのがあるわ」

「一本頂戴」

「…まさか吸う気?」

そう言いつつ、ジョーンがその細いタバコをルナに渡すと、彼女はそれをランプで火を付けながら

「…これは儀式…あたしの中で…明日への儀式…」

とか言いながら、煙を吸い込んで案の定咳き込んだ。

「…ああ、もう、なんでこんな物美味しそうに吸うかしらね、あなたも、そこだけは判らないわ」

何か、ルナには心の中で決着を付けねばならない「何か」があり、
その決着に「普段絶対やらない事」をしているらしい、なるほど、それは儀式だ。
それが俺にもジョーンにも理解できた。

「俺も一本貰おうかな、10年ぶりくらいになるが…」

「何あなた13歳とかそこらで吸ってたわけ?」

「粋がったガキってのはそういうもんだろ…」

ルナは窓辺に腰掛け、タバコの煙は強く吸い込まないようにしながら月を眺めた。
ジョーンがピアノを演奏し始めるんだが…

「ジョーン、それ映画の曲でしょ、しかもベルナルト・ベルトルッチ監督の「1900」だわ」

ルナが月を眺めたまま呟くように指摘した。
俺が記憶をたぐり寄せる

「ああと…1976年だっけ、NGにならんといいが…」

「その辺は大丈夫でしょう、多分ゼファーはがっつり寝てるはずよ。
 何て言ったって明日には最終ステージなんですからね」

一見気怠そうな雰囲気すら見せるルナだが、考えるべき事はきっちり考えていた。

「…普通に考えたらちょっとおかしいのよね。
 彼の能力を考えたら結果は見えているはずなのに、彼もリアルタイムでしか
 状況を確認できてない節がある…ひょっとして…ターゲットにされた
 ジョーン視点でしか確認の出来ない事なのかもしれないわ
 そしてあたしらの介入がその『視点』を更にぼやけさせている…
 つまり彼的にもその時その時で誰がどう動くかまでははっきり見えない…」

ルナの疑問はもっともだ、確かにヘンだ。
俺たちを始末するのが目的でルナの言うように『全てが見える』ならば
俺たちはファーストステージで既にジョーン以外全滅させられていただろう

「…どうなんだろうな、だが、確かに歴史そのものを100%つかんで操れる
 物ではなく、ある程度ステージ設定した時間の時点であいつもリアルタイムでの
 判断を余儀なくされている…そこは間違いなさそうだな」

俺もルナの推論に付き合って見たんだが、心はどこか上の空だった。
ワインとチーズとタバコにピアノと月明かり、ここが戦場でなければ、と俺は
何度もその思考を繰り返していたが、そんな雰囲気をルナは自身の儀式として
粛々と進めているようだ。
一体、彼女は何をどうしようとしているのだろう
彼女のスタンドはどうなってしまうのだろう

ジョーンのピアノも数曲…一応後は当たり障りなくサティとかラベルとかで
過ごしている中、四人が帰ってきた。
その頃にはルナも俺もタバコは吸いきっているし、なんだか
アンニュイな雰囲気の中でピアノの音が聞こえる空間に四人はちょっとだけ
拍子抜けしたようだが、ジョーンが意識を取り戻した上ピアノが弾ける程度には
回復した事を喜んだ。

「…ワインとチーズ、避難者から貰っちゃったわ、最後のお勤めが終わったら
 あなたたちも食べて飲んで明日に備えないとね」

相も変わらず窓から月を眺めるルナが呟くように言う。
何だか雰囲気がヘンだが、言うべき事は言っている。

「地下水路の方は二周目からはほぼ確実なルートがあったので
 一応私達は付き添ったが、大丈夫そうだしドイツ兵の残した
 銃や手榴弾も少し拝借してきた…あとは彼らだけで逃げ切るように
 したいんだが、構わないかね?」

ポールが言う、相当、疲れ切ってる様子が見える。

「いいんじゃないかな、経路を描いた図か何かさえ渡しておけば」

俺が言うと、アイリーは既に用意していたようで、地下に行こうとした

「ああ、誰かに祖母を背負うか何かで連れて行ってくれるよう頼んでくれ」

俺が寝ている祖母を背負い、アイリーと一緒に地下に降りる。

男三人組は部屋でへたれると早速チーズとワインを凄い勢いで腹に流し込んだ
流石にそこはアイリーを待つとかいう限界を超えていたようだ。

「それで…多分あのヤローは明日に備えて寝ていて俺たちは放置なんだろ?
 この後はこの家を朝まで徹底的に守ればいいのか?」

ウィンストンも考えるべき事は考えていて、何気に話題を始めたが
ここで初めてルナは男連中の方を向いて

「そうなるわね、出来ればウィンストン、あなたは少しジタンと交代して
 ここ守って欲し…」

とばかり言った頃、何かが飛んでくる音と二階部分で爆発音がした。
俺が血相を変えて地下から戻る時には階段を二階へ上るウィンストンが

「ここは俺に任せろ!お前は少しでもいいから寝とけ!」

「そうは行くか!ここは俺の実家だ!」

「そうだ、お前の実家だ!だから俺が守るッ!」

体力的には疲れているが、スタンドそのものはそれほど使う機会はなかったのだろう
気力に満ちあふれたウィンストンのマグマみたいに熱い友情が俺を一階にとどまらせた。

二階で次々と飛んでくる砲弾を風で吹き飛ばしたり、両断したりしてるんだろう音と、
ウィンストンの雄叫びも聞こえてくる。

「ま、そういう訳よ、ジタンは少し休みなさい、3,4時間後に交代すればそれなりでしょう」

異常事態のはずなのに、ルナはやけに淡々としていた。
やる気がないような感じは受けないが、妙に淡々としていた。
アイリーがワインとチーズにありつきながら

「明日は何時にステージ移動するんだろう…」

「判らないわ、だから誰かしら起きていないとね、ポールもケントも、アイリーも
 体力を著しく使ったあなたたちはまずは寝なさい、ジョーン、手伝ってあげて」

なんだろう、何だかすっかりルナが指揮者になっている。
しかし、他誰もが余計な思考も出来ず、泥のように眠る、俺もその一人になった。



朝方になる頃、つまり今度は俺がウィンストンと交代した頃には流石にドイツ兵も
諦めがちになったようで殆ど砲弾も銃弾も飛んでこなくなった。

ルナとジョーンとウィンストンが今度は死んだように眠りについている中、
俺は壁にペンキでドイツ語による「この家に害をなす者に然るべき報いを」という
メッセージを残しておいたんだが、どうやら戦後までこれがきっちり守られちまったようだな。

まぁ、不意を突いて天井部分が少し破壊されただけで、砲弾や銃弾、兵士のコストを考えたら
とてもじゃあないが割に合わないだろうからな。

「次のステージは1945年4月のドイツとは言っていたがどこなのだろうね」

ポールが疑問を挟んだ。

「ジョーンが起きてから聞けばいいんじゃね?せっかくの生き証人なんだからよォー」

ジョーンにとって辛い体験であろうが何であろうが、知ってる事を話してくれないと
対策の立てようもない、全くケントは無意識なんだろうがこれ以上ない完璧な返答だった。

「…1945年4月30日…昼を少し回った辺り…だったはずなのよ…」

ジョーンだ、目を覚ましたのだ。

「だったはずって、どういうこと?」

アイリーがおはようより先に疑問をぶつけたが、当然だろう、多分その謎が鍵となっている。

「わたしはベルリンで恐らくドイツの実験の結果生まれたスタンド使いと対峙していた…
 …と、思ったら全てが早回しのようになって、気付いたら夜で、更に気付いたら朝になって…
 全てが終わっていたのよ」

「ど…どういうこと?」

「君の対峙したスタンド使い、時を操る能力を?」

ポールが詳しい事を何とか読み解こうとする。

「いえ…全てが終わったとき、彼は死んでいたわ『気付いたら一日経っていて彼は死んでいた』のよ」

「…そう…あなたしびれを切らしてヒトラー殺害に向かったのね」

ルナも目を覚ましていて、そしてジョーンの話を聞いていたようだ。

「はァ!? マジで?」

ケントが思わず叫んだ、ルナがそれに対して

「未遂よ勿論、ヒトラーの死は公式には4月30日午後三時過ぎ、
 ジョアンヌが体験した『早回しの一日』の間の出来事だもの」

「じゃあ…あたし達も行ってみて実際に体験してみないと何が起こったかわかんないってことか…」

アイリーのつぶやきにジョーンが

「一つだけ…わたし達の介入を感じた部分があったわ
 時間が早回しになった頃、ソ連がベルリンへの攻撃を始めているの、早回しの爆撃の中
 わたしは何故か『何者かの見えない壁に守られていた』のよ」

「ジタンは確実にジョアンヌの20メートル以内のどこかに潜んでいた事になるわね
 そしてジョアンヌの正確な位置はジョーン自身かアイリーにしか判らない…」

ルナが何かを考えている。

「おかしいわ、時間が早回しになる理由が見当たらない。
 ひょっとしたら二手に分かれていたのかも知れないわ」

「ど…どーいうことだよぉー」

「もう片方がゼファーと最終決戦を行っていた…恐らく総統府近辺だわ」

「な…何故そう思うのかね?」

「流石に現代が近いわ、戦争末期でもある。
 あるいはあたしらの介入具合にぶれがあるんだと思うわ。
 つまり、ジョアンヌの意思をあたしらが果たしに行くんじゃないかなと、何となくね」

「ヒトラーを私達が暗殺するというのかね!?」

「それは判らない、でも二手に分かれてお互いが見えない位置で
 ・ジョアンヌの監視と保護
 ・ゼファーとの最終決戦
 その二つが同時進行していたのだけは間違いないわ
 ジョアンヌが目指していた場所が総統府なのは間違いないんでしょ?ジョーン」

「ええ…目的はそう、でもちょっと記憶があやふやで…」

「恐らく、ジタンが直接自分の力をジョアンヌに影響させた事と、その時のゼファーの
 スタンドの影響で少しだけ現代のあたしらの時間に引っ張られたんだわ、
 ジョアンヌが『時間の加速』を感じている事がそれを表している。
 その影響であたしらの介入にぶれが生じているんだと思う、だからひょっとしたら
 ジョアンヌの戦場は総統府内に及んでいる可能性も排除できなくなっている」

「ヒトラーの死自体が公式発表がある、と言うだけであやふやだからね…なるほど…
 歴史の曖昧さの中に直接ねじ込まれてしまっているわけだ…いやはや…」

俺たち(俺はそこにいないが)の会話の途中でゼファーの奴のスタンドの上昇音が聞こえてくる
いよいよ…始まった、これが奴との最後の戦いになる


第十三幕 閉じ
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