第十四幕 開き

俺たちはベルリンに居た。
ここは俺が…ウインストンが状況を説明する。

「この時既にソ連軍がベルリンを包囲しているわ、ベルリンは既に孤立状態。
 はっきり言ってパリ侵攻何かよりもやばい状況よ」

ルナが淡々と説明する、マジかよ。
占領が始まる前に決着つくのかよ。

「二手に分かれるって言ってたけどよォーどーすんだよ」

ケントがまだ本格的な破壊を受ける前のベルリンをしげしげと眺めながら言った。

「わたしの記憶によるとジタンは確実にジョアンヌ側になるのよね?」

さすがのジョーンも自らが経験していない分については五里霧中だからな。
どうしたらいいのか戸惑っているよーだぜ。

ルナは少しだけケントと同じようにベルリンの町並みを眺めながら
(歴史に詳しい奴だからな、壊される前のベルリンなんて本当は
 しげしげと見て回りたいって気持ちもあったんだろうさ)
意を決したように俺らに向かってこう言った。

「ジョアンヌへはジタンとそしてジョーンの二人でフォローに向かって
 残るあたしら五人がゼファーとの最終決戦に望むわ」

「そういう割り振りでいいのか?
 無事を保証されるのは恐らく俺の側だ、アイリーとかじゃなくていいのか?」

ジタンがルナに進言した。
ルナはアイリーを見つめる、アイリーは流石に「どうなるか判らない」側の方に
割り振られた事を不安に思わないでもなかったが、ルナの目の力は強かった。

「これは…仕事もなく、ジョーンが居なければまともに働けもしなかった
 あたしらへの試練よ、現在部外者であるジタンと、明らかな大きい戦力である
 ジョーン以外のメンバーで越えなければならない試練だわ」

「な…なんで…」

ケントが少したじろぎながら言う。

「いやぁ…そうだな、俺もそうしなきゃなんねぇ気がする」

僭越ながら俺がルナの決定に賛成の旨を添えてみた。
そして加えてみた。

「ケントの壁はもう大丈夫だろ、俺たちを守ってくれよ
 それより近い距離の防御と中〜長距離攻撃は俺がやるよ、アイリーもルナも俺が守ってやる
 ポールは、あんた一発確かに攻撃受け流したよな? やれるよ、やらなくちゃなんねぇ
 今回の攻撃はジョーンを中心としているが、奴は結果として『K.U.D.Oの排除』を目指してるはずだ
 そうする事であのバケモンプレジデントにジョーンを捧げやすくする気だろ?
 そうはいかねぇよ、俺たちだってやるときはやると思い知らせなくちゃな」

ポールはため息を一つついた。

「時が来たね」

「まだだよ、本当の『時』ってフレデリコと戦う『時』でしょ、
 ここ越えられなくっちゃ、確かにあたし達、ただの足手まといだ」

アイリーの言葉にジョーンが「そんな事はない」と口を開き掛けた時、
ルナの手がその言葉を制止した。

「従いなさい、ジョーン」

高圧的ともとれるその言葉、だが、ルナの意思の堅さは何者にも揺るがされない
「本当に強い人間」の見せる態度だった。
誰ももう何も余計な事は言わず、俺たちは二手に分かれた。



「グーグルアースとか地図で見た程度ではあるけど…」

と言いながらルナは総統府を目指した。

「問題はどうやって総統府に潜り込むかだわね、そしてヒトラーは地下壕で自殺を遂げた事になっているわ」

その言葉にアイリーは視線の先の建物の構造を検索しだした。

「どれがどの部屋かはわからないな…でも侵入ルートは幾つかあるよ、ただ…」

「うむ、見張りなどが居るだろうね、さて、どうくぐり抜けたものだか」

「ヒムラーが英米に対し降伏を伝えた旨が4月29日に報道されているわ、正攻法なら
 その連合国側のスパイと言う事にしてヒムラー経由でヒトラーに近づくことでしょうね」

流石にルナ、詳しいぜ、しかし…

「いや、そのよぉーやり方はそれで正しいんだろーけどよぉ、それで行けそうなのポールくらいだと思うぜぇ?」

だよな…ファッションパンクスが代表して言えば説得力もある。

「あなたたちねぇ…あたしら一体どういう状況からこの戦いに及んだと思っているの?
 あたしらの持ってる荷物は何?」

「…あ」

そうだ、俺たちは一応フォーマルなスタイルでまずは出かけたんだ、そっちの記憶なんざ
軽すぎてぶっ飛んでたぜ…
路地裏に隠れて、ケントの壁で男女別れて着替えた。
女連中はパーティー用だからちょっとそぐわないような気もするが、普段の格好よりはまぁ…

「一番近い地下壕の入り口はそこになるね」

アイリーは割と近くのビルを指さした。

「…たださぁ…これ閉鎖されてるのかなぁ? 途中で詰まってるような」

「でもよぉー…見張りが…いるよーだぜぇ?」

遠目だが、確かにビルの扉の奥に一人兵士が見える。
余りサイズのあってなさそうな軍服で、兵士と言うよりは伝令兵のような
趣の鞄をかけていて、だがしかし一応自動小銃を掲げている。

「封鎖されているとはいえ、突破の可能性が排除できないならまぁ置くでしょうね」

兵のどこか一点を見つめながらルナが言うと

「じゃあ、俺の風で切れそうな程度…と考えていいかな、まぁやってやるぜ」

俺が後押しをする。

「よし、では…」

ビルに乗り込むと兵士はやはり、こちらに銃を向ける。

「連合国からの者だ、そう言えば話は伝わるね?」

ポールがドイツ語で話しかける。

「総統のヒムラーへの逮捕命令はもう無力のはずよ、諦めて通しなさい」

ルナが畳み掛けた。
どうやら、どうあがいてももう無駄、という空気は漂っていたようで
ルナは歴史的事実からそこをついて言った。

「案内もしてくれれば、君に対して悪いようにはしないよ? いかがかね?」

ポールのとどめだ、兵士は投降の意思を示し、小銃を床の遠くに投げ捨て
戦う意思がない事を示し、地下への扉を開けた。

「うまくいったよなぁー」

ぼそぼそと英語でケントが俺たちに言う。

「封はどうするつもりなんだろうな…」

俺の問いに

「うーんこれ…鍵とかじゃないなぁ…溶接の上で扉の向こうにいっぱい物も置いてあるし…」

アイリーが距離の近づいた分詳しい検索を英語で俺たちに伝える。

「そりゃ、そうよ」

ルナがさも「当然」というように言った。
何故?俺たちがルナを見る。
通路から少し長めの階段、二〜三人が並ぶので精一杯のスペースの中頃、ルナは言った。

「これはゼファーの罠だもの、ねぇ、ゼファー」

ルナが兵士に声を掛ける。
兵士は立ち止まったが、一応ドイツ語で

「先ほどから何を言っているのですか」

と言ってきた。

「恐らくあなたは元々のここの衛兵をまずは殺して制服を奪った、でも、あなたには
 それ以外に隠さねばならない物があったから、それを隠す鞄が必要だったのよね」

ルナは一貫して英語だった。

「その鞄、勿論現代の物をしまうようには出来ていないから、隙間から見えてるのよ。
 ACアダプタをさす穴が…つまりその鞄の中身はあたしらやジョーンのレポートを
 映像付きでまとめてあるノートパソコンだわね。」

えっ
俺たちは驚いた、確かにACアダプタのプラグを差す穴だ、と言う事がまず一つ
そして何より、変装用とはいえ、眼鏡を外したルナに十メートル離れたそれが
見えている事が、だ。
ハッタリじゃあねぇ、確かにルナの目はそれを見据えている。

兵士はゴゴゴゴって雰囲気をまといながら

「参ったなぁ…出来れば扉の前に君らを誘導して君らの退路を断つ位置に立ってから
 と思ったんだけどなぁ〜」

瞬間、奴のスタンド…なんか楽器がいっぱい積み重なっているような、そして
関節とかがシンバルで出来ているような結構大型のスタンドが現れたッ!

奴のスタンド能力そのものは今現在進行中のはずだ、だから特殊能力が
飛び出す事はないと断言できる、10メートル離れたこの距離で何が出来る!?

しかし奴のスタンドが構えを見せた途端、ルナが叫んだ

「ケントッ! 壁を二重に重ねてあたしらの前へッ!そしてみんな耳を塞いでッ!!」

奴のスタンドが腕をふるった途端、けたたましい「音」が俺たちに襲いかかるッ!
何よりここは前後にだけ空間のある閉鎖された場所だ、反響しまくった「騒音」が
びりびりと俺たちを揺さぶるッ!

俺たちが耳を塞いで手出しが出来ない間に、ゼファーはスタンドの背後に隠れた!
音量が少し下がったと思えた頃、俺の風で直接攻撃だ!

「むささび変化ッ!!」

しかしゼファーのスタンド、ア・デイ・イン・ザ・ライフの腕のシンバルは
その風を斜めに受け、しかもシンバルだけに左右に揺れながらその風を
弱体化させ、回避しやがった!

「むぅだぁだぁよぉ〜〜、音の攻撃なんて特殊攻撃でもないし
 君の『風』なんて僕のスタンドの前では大した意味もないのさぁ〜
 そして僕の「音」は空気の振動…風だって逆らって進めるよ…
 君らを少しずつ無力化させて行けるさぁ」

そんなゼファーの挑発に俺たちが苦渋の表を全員が浮かべただろう…
と、思ったらルナがケントの壁の外に出た。

「お…おいルナッ!」

俺が声を掛けると

「音の攻撃は確かに強烈よ、でも絶対の攻撃ではないわ、耳なんて
 潰れてしまったって関係ない」

「い…いや、生きて帰れればそりゃジョーンの能力で治るだろーけどよ!」

俺たちのやりとりにゼファーがにやりとして

「いい覚悟だねぇ〜…でも君は甘いよ」

奴のスタンドがぐるりと横に回転しだす、そしてその回転の中で…
スタンドのシンバルを一枚投げて来やがったッ!

「おいッ!! ルナッ!! ケント!」

指示までは出さなかったが俺の言葉でケントはルナの前に壁を出そうとするが…遅れたッ!!
ルナの眼前にシンバルが迫るッ!
しかしルナは僅かに首をかしげるように動いた後、そのシンバルが何かに叩かれた音がして
若干軌道が変わり、ルナの頬が少しとサイドの髪の毛を少し切って俺たちの遥か後方に
けたたましく落ちた後、消えていった。(消えたのはスタンドの範囲外になったからだな)

「…この時を待っていたわ…この時のための覚悟をずっとしてきた
 だからあなたも覚悟なさい、気付いた時にはあなたは致命傷を負っている事になる」

「はッ! なぁ〜に言ってるんだい?
 君の体はともかくスタンドが死にかけてる事なんてとうに判ってるし
 もしスタンドが絶好調でも10メートル離れた僕に君のしょぼくれたスタンドで
 なぁ〜にが出来るって言うんだい!?」

「厳しい事を言うようだが…そうだぜ、ルナッ!お前の敵う相手じゃあ…」

俺の指摘に少し呆れたようにほんの少しだけルナはこちらに振り向いて俺たちに
…と、おかしい、頬を切ったはずのルナだが真っ新になっている…
スタンドは出してなかったはずなのに…!?

「何? あなたたちこんなに近くにいても見えなかったの?
 まぁいいわ、改めて呼び出してあげる…」

で、出てきたFSリペアーは…完全に壊れた抜け殻じゃあねーかよッ!
ゼファーのこちらを馬鹿に仕切った笑い声も聞こえて来やがる。

「そう、あたしのスタンドは鈍い…そういう目で見るから見えないのね
 じゃあ少しだけ名乗りと共に止まってあげるわ…
 さぁ、こちらからの攻撃…行くわよッ!
 ア・フュー・スモール・リペアーズッッ!!」

俺たちは驚いた、いや、姿を確認する前にまずだな…
ルナ以外の俺たち全員が復唱していた。

「…リペアー『ズ』?」



さて、一方のジョアンヌ側だ、何だか俺の出番が多い気もするがジタンがお送りする。
河川敷付近をジョアンヌは歩いていた。
見晴らしも良すぎる場所だが、彼女にはそんな不利な場所を選んででも
行く彼女なりの覚悟でそこをあえて選んで歩いていたのだろう。

南中も過ぎ、恐らく時間は12時半、ジョアンヌの前に男が一人立ちはだかった…

…んだが、まともな顔をしていない、目の焦点も、歩く重心もふらついていて
どうみてもそれは…
ジョアンヌにつかず離れず草むらなどを移動しながらつけていた俺とジョーンだが

「この男、つまりスタンドは発現したようだけれど、制御し切れていなかった訳よ」

「…スタンド中毒か…能力はなんなんだ?」

と、そればかり聞くんだが、そんな時そいつがスタンドをむき出しにして突っ込んできて
殴りかかってきたのだ。
ジョアンヌが華麗にかわしているので、拳が触れる事により発動する能力なのか
それとも能力を持たない「怪力タイプ」なのかが判らない。
ジョアンヌも制御の利いてないスタンド攻撃は流石に「受けてみて判断する」のに
躊躇したようで、ひたすらその攻撃をかわし続けている。

「判らないのよ、わたしは結局彼の攻撃を避けるだけだった」

「つまりここでの『ジョアンヌの保護』というのは、あくまで『時間の加速』に対して
 ということになる訳なんだな、俺の直接介入でジョアンヌの時間が少し狂い
 ゼファーの奴が見るべきだった「当時の本物の状況」にあやふやが生じたわけだ…」

「…それでももし、少なくとも同じ会社のあなたと、フレデリコのターゲットであるわたし以外の
 五人が最終決戦に挑むと言う最低限の事が判っていたとしたなら…恐らく彼は
 みんなに罠をかけるわ…」

ジョーンがジョアンヌを見つめているようでその視線の先にはK.U.D.Oの五人が見えている事だろう。
彼女にとっての初めての『仲間』であり、『友人』であり『無条件で従いたくなるような心の強い人』
の集まりなのだ、彼女の心配は当然だろう。

「…昨日からの俺なりの予想なんだが…聞いてくれるか?」

「どうしたの?」

「ウィンストンって奴は派手好きなのは君もよく知っていると思う、
 だから過去のスタンド使いなんかの噂だって派手な話しか奴は知らない」

「…ええ…そのようだけれど…?」

「俺は、結構細かい事が気になる質でね、空条承太郎がエジプトの後10年後くらいに
 日本の地方都市にわざわざ出向いた情報をつかんだんだ、どうやらそこでも
 スタンド使いによる攻防があったみたいなんだな、俺がここで気になるのが
 そこで矢を受けてスタンド使いになった一人の少年についてなんだ」

ジョーンはもうジョアンヌよりも俺の話が気になって仕方がないようだ。
ジョアンヌもその相手のスタンド使いも全く見ずに俺を見つめた。

「その少年は事件の真相に余りに近く、そして空条承太郎の近くにも居たために
 かなりの修羅場を越えなくちゃならなかったようで、最初に発現した能力では
 手に負えなくなってきたみたいなんだ、その少年のスタンドがどうなったか…
 俺はそれがルナのスタンドにも起きているんじゃないかと思っている。」

「…つまり…どういうこと?」

「エコーズAct1〜3、これは彼が修羅場をくぐり抜けるたびに獲得した
 同じスタンドによる三つの形態…状況に応じて能力も使い分けられたらしい
 どんな能力かまでは俺は知らないんだ、だが「そう言う事もあるんだ」という
 俺にとっては衝撃的な事実だった、それは」

少し、周りの状況がおかしくなってきたのを感じる、そろそろ時間の加速が来るか?
俺はレット・イット・ビーの力の展開を開始しつつ、ジョーンの方を見て言った。

「スタンドの『進化・成長』だ」



「アイリー、ベイビー・イッツ・ユーを『弓の形』にできる?
 出来ればちゃんと弓として使えるのが好ましいわね」

ルナがア・デイ・イン・ザ・ライフの影に隠れているゼファーを見据えながら言う。

「ゆ、弓の形? で、出来るけど…でも…」

「やって、今すぐ」

わかんねーよ、一体ルナのスタンドに何があったんだよ?
ああ、再びウィンストンだよッ!
アイリーのスタンドが確かに弓の形になって行くんだが…だからどうしたよ?

「だからよ、ルナ、一体何がどーしちまった?」

その時だ。

『アイリー、ナニヨ、モット気合イ入レナサイッ! 弦ガ緩イヨ!』
『マダ状況ツカミ切レテ居ナインダヨ、リペアー…ソウ厳シク言ワナクテモ…』
『…デモ、リペアーノ言ウ通リ…モウ少シ気合イ入レテクレナイト、困ルワ』

アイリーの方から聞き慣れない声がする。
アイリーは非戦闘員だ、最後尾で当たり前なんでルナ以外の全員がそちらを見る。
アイリーが弓を構えるような格好をしつつ、スタンドによる弓を作ったわけだが、
その『矢』に相当する部分にちっぽけな妖精(フェアリーとかピクシーとかああいうのな)のような
スタンドが最後尾が弦部分に足をかけ、真ん中の足を掴み、真ん中はひたすら延びて先頭の足を掴み
そして先頭の奴が伸びながらも弓部分に手を伸ばし、つまり三人で一直線に繋がって一生懸命
弦を伸ばして居るのが見える。

「スタンドによる弓、そこに別のスタンドが矢になればその力は単純に乗るはずだわ、だからアイリー
 気合いを入れなさいッ!」

ルナの厳しい一言で弦が引き締まった、そしてその一瞬で見えたと思った妖精のようなそいつらが視界から消えた
…んだが、俺の感覚だけはそれを追えた…!

直線で飛んでいっても本体はスタンドの影であり、防御力はかなり強そうだから幾らなんでも
それをぶち壊せそうな力は持ってなさそうなんだが…つまりそれを補って三人が連なっていたのだ!

まず先頭の奴が、自分の持つ勢いを後ろ二人に伝え自分は止まる、そして残る二人が壁と天井の間…
斜め上にすっ飛んでいく、そしてその頂点で二人目だった奴が自分の勢いを最後尾の奴に伝え
今度は斜め下にすっ飛ばす…その先は…!

鉄製のヘルメットを貫通し、そのちっぽけな妖精みたいなスタンドがゼファーの頭をかち割った!!

「うわぁぁあああああ!! なぁんだ!? 何が起こったんだぁぁああ!?」

ゼファーにはそれらが見えてなかったらしく、いきなりの大けがに軽くパニックを起こしたが、
当のルナは『凍り付くような静寂の殺気』をまとったまま微動だにしてない。
ルナの右の拳が血を吹いた、なるほど、アイリーのスタンドの弓を上乗せにした分は負担だったわけだが…
しかし、それも次の瞬間には跡形もなく治っていた、もう俺の感覚で追える。
二番目の奴が一瞬戻ってきてルナの手に触れていったのが見えた。

間違いない、『能力的には殆ど変わりはない』だが…彼女は手に入れたのだ…!
『戦う心をスタンドに昇華する手段』をッ! スタンドが成長した!

本体への攻撃、流石に奴はスタンドもろともひるんだ、その時だった。
ケントが二枚の壁と、出しかけだった壁を全て引っ込め、ゼファーに駆け寄った!

「おらァァアアア! 俺だってなぁ! 守るだけの壁じゃぁねェーんだよォ!」

奴のスタンドの眼前に四枚いっぺんに壁を出現させ、それに対してみずから蹴りを入れた!
なるほど!
俺もポールも全てを理解し、それぞれスタンドと本体で壁を倒す加勢に入った!

幾ら力のあるスタンドだって壁を倒されれば支えなければならない!

「くそぉおおお!スタンドが進化しただと…ッ!いい気になるなよぉぉぉおお!」

ゼファーの奴が叫びスタンドは倒れてくる壁を支えながらも身を震わせた!

例の上昇音が聞こえてくるんだが…だがテンポがやけに緩い…もしや…!

「僕はこの壁である意味守られるが…これからベルリンは攻撃を受ける…!
 この通路は潰れる事が判っているのさ!
 現代に戻してやるよ…!ただし…早送りの時間でね!
 爆撃や爆発も早回し…!君らに耐えられるかなァァアァアアアア!?」

そんな時にルナのスタンドの一人がぺちぺちと奴を叩く。
一応は早いラッシュなんだが…どう見てもダメージになっていない…!
なにやってんだよ!?
どうしてさっき頭をぶち抜いた奴で殴らない!?

「効かないよォォォオオ! あれ、何だかさっきよりテンション上がったぞぉ?
 君のスタンドはなんだい?敵のテンション上げてどうするんだよォォオ?」

ルナは淡々と。

「ケント、そろそろ壁を引いてあたしらの保護をしなさい。
 大丈夫、ゼファーは今…『ぶっ殺した』わ」

ケントは訳がわからなかったが、とりあえず二枚だけ壁を引き、俺たちの上に二重の蓋をした



ジョアンヌ側だ。
いよいよ時間の加速が始まった!
周りの景色がめまぐるしくなってくる。
遠目に見えたと思った戦闘機はあっという間に通り過ぎ、あっという間に爆撃が完了している
ジョアンヌは何が起こっているか理解できていない、既に先ほどの中毒者は吹き飛んでいる。
おそらくはソ連兵が彼女やあるいは俺たちも補足しようとしているんだろうが、
内側にいる俺には判らないが、恐らくジョーンが現状維持範囲内を光学迷彩し、
そしてなんと言っても核爆発にも耐える俺の現状維持だぜ?
ちょろちょろ人影は見えるが結局何も出来ずに退却して行くのだけは確認できた、
まぁ、俺たちがこの時代からおさらばした瞬間にジョアンヌは「元の歴史」に戻るんだろう。
ジョアンヌほどまで成長したジョセッタなら、切り抜けるだけなら切り抜けられるだろうさ。

「つまりこれは…ゼファーの『最後の足掻き』…?」

「俺はそう見るね、今度会った時のアフタヌーンティを賭けてもいいぜ、K.U.D.Oが勝ったんだ
 おそらくはルナの成長によって…!」



さっきから爆撃とかで地面が揺れているようなんだが余りに振動から衝撃から早すぎる…!
立ってられねぇしケントの壁も二枚だけじゃ厳しいかも知れん!

「はぁぁああ??? 僕はまだ、死んじゃいな…あれ…なんかおかし…僕の皮膚が…腫れて透明に…」

「テンションを上げる作用は脳内物質の調整よ、普段は『一回からせいぜい2,3回触れるだけ』
 何発あなたを殴った? あなたの体はテンションの急激な上昇で体温も上がり、そしてあなたの脂肪は
 溶け出し…内側から燃えるのよッ!」

「お…おおおおおおおおお!」

ゼファーはもはや生命活動もおぼつかない、意識も朦朧として今にも細胞は火を通され死滅してゆくだろう
しかし、流石に能力者、しぶとい。

三人のなかで一番力の強そうな…最初の一撃を与えた一人が

『トットト死ンデアタシ達ヲ現代ニ戻シ切リナサイヨ!』

ラッシュをたたき込むと、ぱんぱんに膨れあがってた奴の皮膚が破れ、内部組織から何から
ぶちまけながら奴の生命活動が終わって行くのだけは感じたが、同時にケントは四枚の壁で
正四面体を作り上げ(どうせ俺たちも立ってられない、天井が狭い事は苦じゃなかった)
視界が完全に途絶えたから後は静かになるのだけを待った…!



夜霧のロンドン。
六月とは言え、肌寒い中の公園に俺とジョーンは立っていた。
ああ、ジタンだよ。

携帯を取りだし、時間を確認する。
2007年、間違いない、そして確認したところ現代時間で二日経ったようだった。
携帯の明かりをオフにしながら

「…終わったな、この件に関しては何もかも」

「…ええ…」

ジョーンのテンションは明らかに落ちていた。
ああ、そうだな、ジョーン
君の邪魔はしないよ。

「じゃあ、俺は最後の後始末がある、あいつらに合流しなくっちゃあな。
 ここで失礼させて頂くよ」

俺は返事も待たず、そして振り返らず、公園を去る。



「ロンドン…で…いいんだよね? ここ…」

あたしだよ、アイリー。
二日前と似たような雰囲気だけど、公園じゃなくて、そう丁度
道路工事を偽装されていた場所辺りにあたしらは立っていた。

「そ、そーだ…!ジョーンとジタンのヤローは…!」

ケントが気付く。

「大丈夫よ、そろそろウィンストンに電話が入るんじゃない?」

ルナが事も無げに言うと、本当にウィンストンに電話がかかってきた。
今回の長い長い時間の旅でルナは本当に成長した。
なんだか、一気に老練さまで感じられるほどに…
ウィンストンがちょっとそのあまりのルナの雰囲気の変わりように
びっくりしつつ、電話に出ると…

「あ、ああ…ジタン…お前だよな?
 え? ああ、確かに俺たちはゼファーと戦ったさ…だが、段差のある中だったからな…
 奴の死体は俺たちの下の下水道辺りになるのかな?」

ルナは、あの時のジョーンのように殆どなんの感情も見せずゼファーを殺した。
きっと、こう思っているのだろう。
「借りは返したわ、ジョーン」
でもなんだろう、怖いという感じはない。
殺人なんて綺麗事の世界の中では「何があっても許されない事」のはずなのにね。
ルナの怒りは正義の怒りだった、あたしはそう思う事が出来る。

電話でウィンストンと話しながら、ジタンがやってきた。
一人だった。

「おや、ジョーン君はどうしたのかね?」

「…公園にいるよ、ジョーンが奴の攻撃の座標を受けた原点だからな」

なるほど、でも

「じゃぁーよぉー迎えに行かなくっちゃぁーよぉー」

ケントの素朴な言葉に

「放っておいてあげて、彼女を思う存分泣かせてあげて」

ルナが呟くように言った

「な…泣いてるって」

あたしが言うと

「ファーストステージの時点で彼女は泣き叫んで全てを放棄したかったはずよ
 でも彼女だって精神が部分的に12歳のままとは言え大人だわ、あたしらを
 現代に戻す使命があるから取り乱す事はなかった。
 今…攻撃が終わった今だけは思い切り泣かせてあげて。
 …大丈夫、彼女は絶対に戻ってくるわ、絶対に」

「ほ…本当に戻ってくるかな…その後どういう顔して迎えたらいいんだろう」

「数日はベッドに引きこもってるのも仕方がないかもね、でも、
 いつかは立ち直らないとならないのよ、彼女にはそれが判っているわ
 だって、今の彼女が生きる場所はK.U.D.Oなんですからね」

あたしらのやりとりがある程度終わるのを待ってジタンが

「じゃあ、この下辺りにゼファーの死体があるんだな? よし、じゃあ後始末に行ってくるよ」

「後始末?」

ウィンストンが聞き返した。

「恐らく奴は攻撃の最初の段階から目立たないカメラか何かで主に彼女を監視して
 記録をパソコン辺りにつけていたんだろ?
 それらを灰燼に帰しておかないとな、それに得体の知れない死体を放置するわけにもいかないだろ」

ルナがそのジタンに

「まったく、あなたも大したエージェントだわ、本当に色々決着がついた時には
 戻って来なさいよ、歓迎するから」

ジタンはちょっと苦笑すると

「さぁ…どのくらい後になるかは判らんがな…」

マンホールを開けて下に降りていった。

「さてさて…実時間48時間か…早く事務所に戻って留守番の彼らを解放しなくては」

ポールの一言で、あたしらは事務所まで戻る歩みを始めた。



オマケだ、俺だッ!スティングレイだッ!

「おい、テメー!お猫様がスタンド使いだなんて聞ーてねーぞ!
 危うく壁透過したまま眠らされて寝惚けて自分の体真っ二つにするところだったぜ!
 二度もだ!二度も!テメーらどこ行って何やってやがった!」

奴らが事務所のドアを開けた瞬間、俺は噛みついた。
当然だろ!
こっちゃ死にかけたんだよ!
…と

「あれ?あのちょいとマブい女は?」

「ジョーンは少し遅れるわ、少なくとも今日は会えないかもね、残念だった?」

ルナが俺に言うんだが、ルナ以外全員ものすげー疲労感を顔に滲ませている。

「い…いや…気になっただけさ…てか何があったんだよ」

俺の言葉にウィンストンが

「色々だよ…スタンド攻撃とは言え、こんな事素で信じて貰えるとは思えん
 だから『色々』としか言えねぇよ…」

参ったな、おい、ツッコミ辛れぇ
んでスモーキンがタイミングを計っていたように連中にメモを渡した。

「仕事の依頼が数件あったよ、出張中で解決を見るまで「数日」と言って置いたんだ
 数日でも待つという件だけをメモしておいたから、明日にでも連絡しておいてくれ」

「…『だけ』という割にはこの数は…みんな、直ぐ寝なければ。
 明日から2,3日超がつくほど忙しくなるよ…」

ポールの言葉に奴らちょっとうんざりしたようになった。

「それでも、連絡待ちの仕事がこれだけキープされるようになったのね
 さぁ、こっちの覚悟も決めて、さっさと寝るのよ」

ルナだけだぜ、何だか張り切ってやがる
しかもただの張り切りじゃあねぇ、なんか確固たる自信を滲ませてる
何があったんだよ、マジでおい、聞かせろよ?今度でいいから。

「さぁ、二人とも、今回は済まなかったね
 丸二日で48時間…一応休憩と睡眠時間分だけは引かせて貰おうかな…」

なんだよ、おい
まあ一時間10ポンドなんて美味しいから別にいいけどよ。

俺とスモーキンが解放される。
あいつのスタンドも面白れぇな、なんであんな真面目な男に
あんな泥棒スタンドが宿ったんだか、まぁ猫だけは厳しかったが

悪い話じゃなかったさ、ああ、そうとも

そんなわけで俺とスモーキンも解放された。



公園の片隅で、光学迷彩と無音の壁の中、ジョーンはただひたすら泣いていた。
それは屈辱や哀しみや恨み辛みだけではない、どこかしら感じられた
安堵と幸福も含まれていた。

誰の目にも見えぬ、聞こえぬようひとしきり泣いた後、ジョーンは霧のロンドンに
紛れていった。

まだ、戦いは半ばだ、それだけは肝に銘じて。


第十四幕 エピソード7 閉幕。
戻る 一幕 二幕 三幕 四幕 五幕 六幕 七幕 八幕 九幕 十幕 十一幕 十二幕 十三幕 進む