0083_1



流石に戦闘があり損害のあったことで残りのUC0082の間はほぼ修理、
代替機での地上勤務が続いた。
そんなUC0083の始め
ケントの感じ取ったアイリーの居場所はルナがグラナダの図面と合わせ特定はされた。

「厄介なのは秘密とまでは言わないけれど用途の定まらない
 多目的スペース…とは言え工業絡みのね、そう言う場所に恐らくあるのだろうと言う事
 …幸いなのはあたしの持ってた工場の割と近くって事かしらね。
 ただ、グラナダも無傷だったわけじゃないから、全域は調査できず
 或いは配置の多少変わった物などはあるかもしれないって」

相も変わらず全員が押し寄せたルナ宅で、今度は色々土産もあるが、
何より移動式のキッチンで玄関出て直ぐの廊下でケントとロキシー夫妻による
ジオン系料理も作られている。

ジオン系と言っても勿論ほぼ地球の元々ある料理屋素材が元であるが、
それぞれのコロニーでの食料事情により材料の食材が代価だったり
新たに工夫が加わっていてバリエーションとしてジャンル分けされている感じだ。

そんな和やかな空気もある中、ウィンストンが

「詳しいことは行ってみなくちゃワカランか…しょうがないよな…
 で、その情報どこから来たんだよ」

「貴方達の前の仲間よ、撤退組護衛からサイド3で投降しつつ、
 軍を出て色々巡って情報屋ですって、マックバレン元曹長」

あいつか! と隊の中から声も上がる

「しかしあいつ一人で大丈夫か? ただのゲリラならともかく組織化したしな」

隊の一人が懸念すると

「勿論色んなパイプがあるそうよ、別の隊を指揮してて終戦から一応共和国ジオンの
 近衛兵的な身分に上がった…ええと、G・ゴロワーズ中佐とか言う繋がり」

ウィンストンが声を上げる

「ジタン・ゴロワーズか!?」

ルナはビックリして

「ファーストネームはアルファベットのみよ、知り合いなの?」

「俺の幼なじみだ、奴の方が幾つか歳は下…ああ、丁度ルナくらいかな」

「へぇ…なるほど、それならモール隊とウィンストンを知って居ても不自然はないわね
 …ちょっと危険な賭けという気もするけれど、詰まり身分的には
 旧ジオン寄りなれど心象的にはウィンストン寄りってわけだ…
 まぁその情報網に「フリー」と言う形でマックバレン元曹長が
 入り込んで暗号で前のあたしの会社にメール寄越して、
 ウチに転送、あたしが暗号を解く、という感じでね」

ルナが幾重にも暗号の掛かってたメールの画面を見せる。

「ジタンか…あいつ折角軍人になるならとウチ飛び出して他に所属したんだよ
 腕の良い奴で…とは言えなんて言うのかな、ゴールする奴のアシスト狙う感じ」

そこへだらしない格好でくつろぐ八代が

「ふぅん…余り今の位置関係で敵対的立ち位置になって欲しくないわね…」

「そうだな、下手にエースパイロットなんて言うより厄介かも知れない、
 とはいえ、見てるヤツは見てるもんで、そうか中佐になりやがったか
 …まぁジタンはいいとして…俺としてはそうなるとジタンとマックの
 証言なら信用して良さそうだ」

八代が

「詰まり今でもグラナダとの出入りがある?」

「あると思うんだよな、降伏して共和制とは言えほぼジオンだからな、グラナダも」

「一見共和制で話す余地はある…そこを突ければなぁ、どっかで繋がり
 持っておくべきか」

「やっておいて損はないぜ、今回の作戦だってジオンを崩すための目的ではなく
 忘れられている可能性のあるアイリー一人の救出だからな」

「そうね、よし、善は急げ…と」

八代が廊下に出て行って「はーいい匂いね」とケントとロキシーのキッチンに
声を掛けてから更に非常口辺りまで出ていって連絡を取っているようだ、
恐らく海軍とかではなく、もっと彼女の根元に近い方面だろう。

何となくルナがその様子を見送りつつ

「基本潜入戦になると思うんで、みんなの銃の腕前や格闘能力がモノを言うことになる、
 …ケントはMSの外出たらその辺ダメそうだけど他は?
 ああ、ウィンストンはもう判るから」

名乗りを上げようとしたウィンストンが出鼻をくじかれ虚を突かれる。
と、そこに笑い声が聞こえる、誰かが笑ったのではない(おかしかったが)、
ツボに入ったかのように笑い続けるその声に反応したのは
3Dモニタリングシステムバージョン2試作品で、そこにアイリーが映し出される。

「お…おい、アイリー!」

皆も口々にアイリーの名を呼び、ケントも慌てて入ってきた。

〝久し振り、みんな、やっとなんだか目覚めたよ、こないだ近くで
 みんなが戦ってた時に少し目は覚ましたんだけど〟

「お前…生きてるんだな!?」

ウィンストンが熱く言葉を込めるものだから、アイリーも少し赤らんではにかみ

〝うん、ウィンストンやみんなの声が聞こえて、起きなくちゃ! って〟

ケントがそこへ

「じゃあーそれまで聞こえていたものは寝言に近い?」

〝そーだねー、何か感じたことのある感覚がして起きかけたけど目が覚めなくて
 とりあえず何か伝えなくちゃって〟

ウィンストンが感極まりそうになっているが堪えていた。
隊の者は過ごした時間は丸一日くらいとは言え、その丸一日がア・バオア・クーでの
死闘だったこともあって、感情移入していて、特に結びつきの強かった
ウィンストンに「良かったな」という思いを込めて肩を叩いたりした。

〝ただ…生きてはいるんだけどね、細かい事は体が目覚められないから〟

ルナがそこに

「矢張り何か強制的に体は眠らされているのね」

〝そうみたい、余り自分は客観的に見えないの、あくまであたしからみんなを見る
 と言う感じで、ルナが「貴女は大丈夫」って言ってくれたからかもね〟

「そういえば、そんな無責任なことも言ったわね」

〝でも、当たってた、あたしは生きている、みんなのことも少し観察した
 咄嗟に…あのカッコイイ今の上官さんにだけは声とか届けられたけど〟

「そうね、確かに八代も貴女からの危機情報を凄いと興奮していたわ」

そこへ八代が身分証明書を示しつつ部屋に戻ってきて
(ルナの机近くに人が固まっていて狭そうに)

「日本海軍宙空艇隊…と言う名前のお掃除屋さんの十條八代、
 ひいては貴女も日本海軍宙空艇隊に引き抜きたくてね」

〝いいの? あー、でもウィンストン達も居るねぇ〟

「貴女の能力は隊長殿と力を合わせて100%発揮されると言うことは判っている、
 そして私も去年の月とサイド5中間の宙域での戦闘で受け取った、
 これから多分、また世界はきな臭くなるのだけど、日本国としては基本的に
 戦争ではなく、宇宙や地球の掃除と再生に勤めたいのよ、力を貸してくれる?」

アイリーは嬉しそうに、ちょっと頬を染めて

〝ん~やっぱりカッコイイ人! いいよ、待っていたらいいの?〟

アイリーの屈託ない八代への評価に少しウィンストンが焦りを覚えるものの

「待っててくれ、今いつとは断言できない状態なんだが、必ず行くから!」

そこでアイリーは何かを探るように考え

〝う~ん…秋がいいのかなぁ…いや、う~んでもなぁ〟

ルナが

「アイリーの占い師の血としての先見ね、何か問題があるの?」

〝ちょっと地球も大変なことになるかも…とは言っても、あたしが見たからと言って
 それで未来が決まっちゃう訳じゃないところが難しいんだ〟

「ある意味当然よ、先読みできるって事は未来は不確定になると言うことなの、
 その時のジオン残党の動き、連邦軍の動き、そしてあたし達の動き
 全部がどう動くかである意味決められることだわ」

〝ん~、ルナはやっぱりキッパリハッキリしてて羨ましいなぁ
 細かい日付はやっぱり何かあたしには判らないチャンスがあると思うから
 じゃあ、そこは任せるね〟

八代が即座に

「任せて頂戴、そして、何が起こってどんな犠牲がどこでどのくらいあったとして
 貴女には全く責任はないし、気にすることもない」

モール隊も強く頷いた、アイリーはにっこり笑って

〝心強いなぁ~、じゃあもう少し、待ってるね。
 あ、ルナ、この機械居心地がいいの、持ち歩けるようにしてくれる?〟

ルナは意外そうに

「…これ別にサイコミュだとかも関係ないものなんだけど、居心地いいの?」

〝何度か来た覚えがあるの、だから道を知って居るって感じ〟

「あ~…前の試作機の最初のコンタクトの時はあたし居たけど
 その後は居なかった時もあって殆ど判らなかったわね…判った
 貴女がいつまた目を覚ましても来られるように、サイコミュも搭載してみて
 持ち歩けるようにするわ」

〝お願いできる? いや~やっぱルナは凄いねぇ〟

割とみんなも同意するのだが、ルナは

「貴女がケント越しに多分あたしのウチの設備を通して3Dモニタリングという
 出口を見つけたからだわ、貴女の力よ」

アイリーははにかんで、そして消えた。
八代が夢から覚めたように左頬に左手のひらを当てて

「今のは心の声とかじゃなくて完全にここの機器…その試作品を通してのものだったわ」

ケントがそう言えばと

「そういや、そーだなー、オレだけが受け取ったんでも伝わりにくいのはあるだろうし」

未だ少し泪を堪えているウィンストンだが

「よおし! ルナの直感も捨てたもんじゃねぇ、三年待った甲斐があった!
 秋以降と言うことだが、そこまでの間、武器や戦闘技能とか、
 MSの方も白兵戦の方もみんな特訓だぜ!!」

隊員の皆も

「当たりめぇじゃねぇか、まぁ斥候上がりのエコーに任せろよ!」

「俺達エプソン、ビサイド、ハイライト、伊達にモール隊初期参加組じゃあ無いぜ」

「今度ばかりは爆破工作も厭わない、技能を逆手にとっても仲間は救い出す!」

八代やルナが満足そうに、そして八代が

「うん、いいモノだわ、この勢い、止めたくないしね、私も張り切らなくては」

「人外めいた能力も、白兵戦なら発揮して欲しいところね」

そこへロキシーが出来上がった料理を次々と持ち込んできてケントも気付いて
慌てて盛り付けや料理を持ち込んでくる。

「基本オレの出身バンチとロキシーの出身バンチのなんて事はねぇ
 フツーの料理だけどよぉー、食べてくれ」

思ったよりも八代の反応が凄まじく眼をキラキラさせて

「ああ、こう言うのでいいのよ…いえ、こう言うのがいいのよ!
 気取らないこういうスタイルの料理を頬張るのが至高の喜びなのよ!」

ルナ以外は知らない、八代の食いしん坊の面にモール隊、特に心酔している
ウルマ中尉が少し意外な物を見たという感じでその様子を見ていた、
ルナは苦笑しつつ

「では、戴きましょう」



UC0083六月某日、月の裏面…グラナダにおいて日本の要人と
共和国ジオンの要人による会談が行われた…と言うのは表向きで
(どのみち戦後処理が遅れに遅れていたことや、デラーズ・フリートによる
 テロへの釘刺しなど言いたいことはあったためのアリバイ的な物である)

その脇の一室でお供の軍人による会談も行われた。

「日本海軍宙空艇隊、十條八代大佐、宜しく」

「ジオン共和国直下警備部隊、ジタン・ゴロワーズ中佐、こちらこそよろしく」

「奇跡的な外見に声だわ、素晴らしい」

ゴロワーズ中佐は男性と言われれば男性、女性と言われれば女性、
声もどっちと言われればそうというような中性的な人物だった。
中佐は少々ウンザリというようにしたが、八代に悪意も他意も無いと言うことは伝わり

「ウィンストンのように鍛えたら鍛えただけゴツくはなってくれなかったものでね…
 ん、そちら側ドアの護衛…ウルマじゃあないか、見違えたよ」

ウルマ中尉のことも知って居るようだが、彼女は姿勢を崩さず真っ直ぐ立っていた。

「彼女は今勤務中よ」

「軍人になる事そのものは拒まなかった彼女らしいな」

八代は振り向かなかったがウルマに向け

「いい部屋用意してくれたわ、どこにも電磁波は漏れていない。
 隣のお偉いさん達の部屋との距離を見ても隠し部屋の類いもない、
 自由に発言してもいいみたいよ」

ゴロワーズ中佐は驚き

「サイボーグ手術を受けたわけでも無いようなのに良く判るな!?
 ああ、今会談が行われている部屋もここも、「そう言う心配」は要らないよ」

そこでウルマは口を開き、言葉少なに

「モール中佐に引き合わせてくれたことには感謝している、今もそのお陰の延長だ」

ゴロワーズ中佐が少し口の端を上げ懐かしむように

「俺としては折角の技能に綺麗も汚いもないと思っていたが、彼女の様子から
 これはモール隊だなと思ったんだよ、ウィンストンからどこまで俺のことを聞いた?」

八代は

「幼なじみだって事しか」

「モール中佐…当時は大尉だったが、最初に配属になったのがそこでね、
 俺は引き抜きで他に移ったんだが、君(八代)がルナ・リリー技術大尉とモール隊の
 ア・バオア・クー生き残り投降組を雇ったと聞いて興味はあったんだ
 楽しみにしていた」

「ルナは貴方の事知らないようだったけれど、貴方は知ってたの?」

ゴロワーズ中佐は少し噴き出しそうになりながら

「あの当時の同期の間じゃ彼女は有名人だからな、俺も技術的な事はかじったし
 彼女の論文や設計思想は割と親しんでいたんだ、実際に作る方面までは
 俺はやらなくて、あくまで現場サイドから意見具申できるように、と言う感じでね」

八代はかつてのやりとりを思い出しつつ

「だから言ったのよ、ルナにも、貴女すっげぇオーラ醸しだしてるのよって」

「あの「寄らば斬る」って雰囲気は確かになかなかなかったな、
 まぁ月の生まれ育ちって事で心ない奴も居たし、連邦にもジオンにもね」

そこへウルマが短く

「大佐、それより要件を」

八代は一本取られたというようにし、ゴロワーズ中佐もそれに少し可笑しさがこみ上げた。

「一つはデラーズ・フリートよ、お偉いさん同士だとどうしても間に挟まる何かが
 邪魔をするからね、直接の釘刺し」

ゴロワーズ中佐は静かに、言葉を選ぶように

「…日本国の立場とその活動は承知している、デラーズ・フリートの立ち位置も。
 俺としてはジオンのタカ派にも困っているんだが…やはり公国を懐かしむというかな
 ムンゾからの建国の流れに心酔している奴らもいなくならない」

「…まぁ、連邦のやり方もねぇ…私達も付き合いきれないとは言え、
 地球上に日本がある限りはどうしてもねぇ」

「同じように、共和国ジオンもムンゾである限りは完全にはなぁ…
 だが、共和国権限として言える事は言うよ、デブリの問題はどこも抱えているのに
 余りに考えが浅いというか…血にはやりすぎて目の前も見えないようでは困るからな」

「彼らには彼らの意図もあるんでしょうけどね、障害物に隠れて…という
 アジトのあり方からしてもさ、それで障害物をキチンと抱え込んで
 離さないようにして居るならこちらも言うことはないんだけど」

「判っている、そこだけは諫めるよ、ただ、完全に言うことを聞くとも限らず
 君らには面倒を掛けることになることも釘を刺しておく」

「そうして、掛かる火の粉は払わないとどうしようもないからね」

「…さて、ここからが本番か…、ここには電子機器を入れられないので口頭になる」

八代の背中は姿勢を変えずとも緊張が走るウルマの気配が伝わった。

「悪いが、こちらから進んで協力という事は出来ないんだ、
 共和国ジオンは建前として機能して居るだけの物だが、バックにはまだ
 アクシズやデラーズ・フリートのような組織もある、公用連絡係みたいなものでね」

「立場は理解しているわ、貴方も大変ね」

「…正直公国ジオンに大した思い入れもなくてね、
 思想としてのニュータイプ理論にはそれなりに感銘を受けたが、
 優勢民族主義的な匂いも余り好きになれなくて、とはいえ、故郷だしな、
 おれはア・バオア・クーでの作戦には参加せず本土防衛の任から直接投降、
 共和制でもとりあえず自治軍は必要と言うことで後に復帰…
 正直ア・バオア・クー参加のメンツには合わせる顔もないんだが、
 マックバレン元軍曹は俺のことも知って居る古株だから、頼まれてね」

「敢えて「糊役」として矢面か、苦労がしのばれるわ」

ゴロワーズ中佐はその労いの言葉に少し苦笑気味に

「なに、戦って散ったり生き残ってそれなりに方々へ散った仲間に比べたら
 俺の今の立場だってかなりのぬるま湯だよ。
 アイリー・アイランド…俺は存在しか知らないし、ニュータイプ云々も
 ウィンストンの記録でしか判らないが、彼女はここに居ることは間違いないこと、
 そして、いつ決行に移せるかまで俺の方から指定は出来ないが
 出来れば他の騒ぎに紛れてくれ、俺の方からも働きかけグラナダを開けるようにする」

「まー…私の意識にも声が届いたんだからここに居るのは間違いないとして
 そちらの記録的には?」

「「糊役」だぜ、海賊行為からの横流し以外のあらゆる動きは押さえてあるよ、
 アイリー・アイランドの足取りはここで消えているし、ニュータイプなんて
 目立つ護送を見逃すほど節穴でもない」

「貴方も結構エージェント的な素質高いわね」

「ああ、そういう役目だったんだ、アサクラ直下ではないから
 汚れ仕事とは限らなかっただけでね」

「なるほど、納得、騒ぎに紛れるか、覚悟はしていたけど、
 当の彼女が気に病まないかだけが心配だわ」

ゴロワーズ中佐は慎重に

「正直俺も立ち入れない場所があって、今本当にルナが握っている図面で
 正しいのか断言は出来ない、連邦が荒らした分もあるし、
 グラナダは正直治安が安定していないんでな、ジオンのタカ派の出入りもある」

「今ここまでの道のりは流石に「直したな」って跡もあったけど、
 グラナダ全景を見るととても全面復旧には見えないし、作戦区域になるだろう
 場所も地表面は電気もまばらだった、あとは「彼女がどんな状態か」だけだわ」

ゴロワーズ中佐は立ち上がり握手を求めつつ

「余り力になれないことは詫びるよ、ウィンストンの奴にも顔向けできないぜ」

「気にしないで会えばいいのに、彼貴方の能力買っているし、貴方も日本来る?」

「…バカを言うなよ…今この位置に居るからこそ出来ることを俺はやっているんだ」

「じゃあ、もう少し政情安定したらウルマ含めみんな一時的にも帰郷させるわ、
 何があったって故郷は故郷ですものね」

お互いがお互いのドア付近まで歩きつつ、ゴロワーズ中佐が振り向き

「…故郷か…君の生まれはどこだい?」

「私? 北海道札幌市よ、戦災は余り受けてないけれど、衛星都市だからね」

「そうか、軍艦の名が「てしお」と言うらしいから…「いしかり」じゃあないんだな」

「貴方も良く知ってるわね、「いしかり」は空挺団の一番偉い人の乗艦なのよ
 出身で乗艦が決められるわけじゃあないからね、さすがに」

ゴロワーズ中佐は少し決まりの悪そうに

「そうだな、しかし一時的とは言え国名として記録された場所、
 あの船にそこまでの装備はなかった、今後拡張を?」

機密事項だろうに、ゴロワーズ中佐も日本の命名規則を知って居るからか
ついつい聞いてしまったという感じだった、

「…あ、済まん、言える事じゃあないよな、忘れてくれ」

八代はにっこりして去り際に

「洩らさないでね、するわ、戦艦に」

信用しているのだろう、応えてくれた、それに返礼すべく
しっかりした敬礼で八代を見送るゴロワーズ中佐だった。



真夏の暑い日差しにルナのビル屋上で半ば住み着いている八代も一緒に
洗濯物を干していって居るのだが、この屋上がまたくせ者であった。

「流石このビルの発する熱はどうしようもないというか流石の私もクラクラするわ」

「0080から今に至るまで機材は増えこそすれ減っては居ないからね…
 確かに何かこの熱を水温めるだけでなく他にも使えないかと思うわね…」

と、汗だくのルナが思うところあって

「貴女、和服とか着ないの? 浴衣でも」

「あー…検討はしたことあるんだけどね、遠い中では割と近い血縁に
 同じく海軍少将まで行ったのが居るんだけど…ええと…」

八代は電話を操作し、記録してある写真を探し

「この人の板に付きっぷりには適わないなぁってね」

ルナがのぞき込む、画質的に旧世紀末のものだと判る、
そこに写るのは浅葱色で細かい縦縞模様の和服に海軍制服を肩掛けに着て
将官の帽子を被る、なるほど血縁と言うからには八代に似た女性が写っている。

「…なるほど、これは決まってる、二番煎じは避けたいって言うのも判るわ」

「因みに名前の発音も同じ「やしろ」でね…彼女は「月日は百代の過客にして…」の
 漢詩の日本読み「はくたい」の「はく」を「白」に転じて「八百」でやしろと読むの」

「そうか…色々期待されて付けられた名前だってのが透けて見える」

「所が、彼女は本来の私達の力の方面ではかなりの遅咲きで
 悩んでは居なかったそうだけど、妹の方がこの刀継いでいたんですって」

「それで海軍か…ああ…旧世紀末頃に何か海を舞台に一悶着あったらしいわね」

「流石に正史として語り継ぐにはちょっと浮世離れした事件群だったようね」

「血縁でも伝わってないの?」

「うーん…彼女はパラオの守備に当たっていたのだけど、そこの最終的な
 治安守る代わりに物凄い被害で部隊の大半を失ったみたいでねぇ」

「パラオって言えば…今もジオン残党が潜んでいるという噂もある…巡り合わせなのか」

「直ではないとはいえ祖先が守った土地を今度はテロ集団か…勘弁願いたいなぁ」

「だったら、継いでみたら? 名前の発音も同じ、所属も海軍、貴女も大佐だわ
 少なくともバケツ胸部装甲パーソナルカラーの浅葱色の出自はここでしょ?」

「浅葱色は八百の前の代の人のパーソナルカラーみたいなもんでね、
 黒いスーツに浅葱色のシャツ、白いネクタイ…ええ、この人」

「…貴女の直接の影響はこっちか」

「歴代で唯一「極めるところまで極めた」って人なのよね」

「空恐ろしいわ、屹度、普通の人間では有り得ない人なんでしょうね」

「詳しいことはオカルト混じるから言わないけどね、高すぎる目標…
 うーん、でもそうか、どうせなら同じ海軍所属だし、八百を継ぐのもいいのかなぁ」

「似合うと思うわよ、すっごい目立つだろうけど」

「目立つ目立たないはこの際どうでも良いけれど、そうねー、
 着たことはあるのよ、彼女の着物、体格も体型もそう大きな差はないから」

「そんな古い着物が着られる状態で残っているって自体奥深い話だわ」

「貴女も着てみたら? 今でも江戸時代の布とか扱ってるところあるし」

「旧世紀の超消費社会に世界が移ろってからもこういう文化が残るのねぇ」

「…その気になれば世界中がそうだとは思うけどね…布は確かに珍しいかな
 私だと肩幅あるから厳密には「和服には合わない体型」なんだけど、貴女細いし
 肩張らなければ合うかも?」

「いやー…お腹以外楽そうではあるけど、あたしは着慣れたスーツとシャツでいいわ」

「まぁ検討してみてご覧なさいよ、そろそろ貴女の行動制限も緩くなって
 各地のお祭りなんかも見に行けるはずよ」

「…そんなことして居ていいのかな…と思っちゃうんだけどね」

「焦ってもしょうがないわ、アイリー救出作戦はどうしても大がかりになるから
 タイミングキッチリ測らないと」

「彼女の投影装置とその持ち運びは可能だから、一緒になら行くかな」

「そう、それでいいのよ」

「…体の方の健康状態がかなり不安だわ…医学はサイバネトロニクス的な
 半融合分野的にしかやっていないから…」

「脳はともかく、かなり体が痛んでいるかも、と?」

「考えていいと思う、だから保護したら即何かしらの手当てをしないとならないかも」

「なるほどね、医療システム自体は「てしお」にもあるけど、一時強化するか」

「船をユニット構造にして作戦毎に用途換えるって言うのはいい考えね」

「旧世紀の宇宙実験施設ISSに端を発して艦艇に艦艇なりの適用しただけだから
 発想自体目新しいものじゃあないんだけど、意外とどこもやらないのよね
 各部のユニット化自体はしているのに」

ルナは少し人類を憂い

「…MS開発競争になっている面があるからね…
 本来なら、どんどん推進装置等の開発からエッジワース・カイパーベルト帯の
 探査や利用の方に力を注ぐべきなのに、未だ木星止まり」

「そうねー、まぁ小惑星もかなり大量だから今のところはって所で
 地球ってくくりで内戦状態になっちゃったのは人類の大きな停滞ね」

「こんな事で人類に未来は訪れるのか…少々不安だわ」

理想と現実のギャップが思ったより近くにあることがもどかしく感じるルナと八代。
しかし屋上の余りの暑さに直ぐ我に返り

「だめだ、引き上げましょう、八代」

「そうね、あずぎバーが食べたい…」



「これが遠い祖先の着ていた着物に今の海軍の服を合わせた感じでね」

水中用掘削型MS試験のついでにルナ他モール隊も来ていた「てしお」で
八代が黒い海軍制服を肩掛けにした姿で現れる。
前に切りそろえた髪は多少左右に分け、額を覆い尽くさないようにして
ウルマ中尉のハートに特大の矢が突き立ったのが見て取れる、が、ウィンストンも

「いいな、軍としてそれを日常でやられるのはともかく、
 普段着の範囲ならいいと思うぜ…俺も時々未だに和服で歩く日本人見ては
 いいなと思っていたんだ、俺も着てみてぇ」

「あら、用意させてみる? 貴方の体型にあう和服なら多分滅多にないから
 大事にされた古着あると思うし」

「いや、買うのは俺のカネで買うよ、でもそうだな、どう言う伝手でどう探したもんだか
 正直判らないしネットでも限界あるだろうから、頼もうかな」

意外にもウィンストンの食いつきが良い事に隊のメンバーもルナも苦笑した。



同年10月、事態が少しずつ動き始めた。
日本国が独自MS開発に余り口を挟まれなかった理由の一つである連邦の開発計画が
遂に形になり始めた。

「ガンダム開発計画」
それに伴いRX-78GP01、及び02Aの重力下試験運動のための強襲揚陸艦
ペガサス級「アルビオン」の月(アナハイム社)への航行、
オーストラリアトリントン基地への輸送、

そして、10月9日、船籍不明の地球、アフリカ方面への降下、
日本はかなりの動きを追えては居たが、定型分的なやりとり以外は敢えて
余計な詮索も進言もしなかった。


0083_1


戻る  0079_1 _2 _3 _4 0080_1 _2 _3 _4 0081_1 0081_0082

    0083_2