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エコーがウルマの手榴弾と残り三基、そしてウィンストンの正確な射撃で
何十かはすでに対人ハロを少なくとも攻撃能力のない状態に追い込めただろう、しかし

「もう残基が無ぇ…俺もウルマも銃に切り替えたとしても、だ
 ウルマの端末によるとまだまだ向こうは数がありそうだし…
 何と言っても低重力下で球形半自立型コンピューター相手…
 自爆型がないようでそこだけはありがたいが…!」

タイミングを計って三人で遮蔽物から出て向こうが口を開けてエネルギーチャージ中に
三人でそれぞれ目線によるARを使った担当分けで一度に十を超える対人ハロを
駆逐できても、数に押される…

「応援を呼んだ方がいい、このままでは進みたくとも進めない」

ウルマの一言にウィンストンが「そーだな」と回線を開いたときだ

『おまっとーさん! ただちょっと伏せて居てくれー!』

ケントの声に三人が反射的に伏せたときに
頭上を1メートルちょっとの何かが結構なスピードで通路の向こうへ飛んでいって

「本当にお待たせだわ、よくやった、内部のデータはこれで「セキュリティ」含め
 結構なことが判るはず」

残るエプソン、ハイライト、ビサイドも突入してきてライフルで通路の向こうを撃つ。
流石にライフルのような貫通力の高い物を跳ね返せるほどには頑丈な「おもちゃ」
では無かったようで、幾つかをまた始末する。
そして八代がウルマへ

「手榴弾を私に」

ウルマが幾つかを渡すと、八代は矢先にそれをくくりつけ、ピンを抜き静かに
それを構え、そして射る。

口を開けた状態の物に刺さり、抜けるわけもなくそのまま通路内の幾つかが吹き飛ぶ、
それでも放たれたレーザーに対しても八代は僅かな動きで事前に回避ポイントを
掴むようで掠りもさせない。

ウィンストンは素直に

「やっぱ弓矢はいい武器だな」

「流石にルナチタニウムとかああいうの相手でこんな事は出来ないけどねぇ」

八代は弓矢も余分に持ってきていてウィンストンにも渡した。
和弓の練習はウィンストンもやっていたのでライフルと併せて結構な効率になる。

エコーがそこに

「おっ、これは…さっきのはビットにカメラを積んだモノか!」

映像が入ってきてウルマの端末にも「先」の詳細がどんどん追加される。

「…しかしこれは…ビットもいつまで持つか判らないし、この数…
 よくもまぁこれだけのことを数日でやってのけた物だ…」

ウィンストンがウルマの手榴弾をくくりつけた矢を射ながら

「判らんぜ、ひょっとしたら結構上の方とも繋がりがあって…特に
 キシリア殿はこう言うことに余念なさそうだったしな、グラナダ担当だった訳だ、
 誰かに用意させていたのかも知れん、あのままで真正面から戦っても
 ジオンには分が悪いだけだろう、こう言うところでゲリラ戦も考えて居たのかもな」

「なるほど、そうかも知れないな」

「そういやあのお方は策謀担当というわけでもなかろうに、
 そう言うことを進んでやっておられましたなぁ」

エプソンが皮肉を込めてライフルで撃ちながら言う。
時に実行部隊に詳細を知らせるわけでもなく、キシリア傘下のアサクラ大佐を使い
いま、まさにデラーズ・フリートに参画し連邦軍と戦っているだろう
シーマ艦隊がまさにその手先として使われた部隊であった。

一部の兵士の間では知られていたことだが、0079にブリティッシュ作戦で奪取された
コロニーを「気持ちよく」質量弾として使う為に「コロニー内清掃」として
毒ガスを使った大量殺戮をさせられたシーマ艦隊の面々はそれを知らされていなかった
という噂もあった。

そこにケントの「ネオ屋台」越しで皆に

『おい! デラーズ・フリートが奪取した再生計画コロニーの内一つが奪われて
 月に向かって落下コースに入っているそーだ! やべぇぞ!』

ざわめくモール隊の面々、そこへ八代が腰に佩いた太刀へ手を掛け、通路を走りながら

「惑わされない! あの髭のおじ様はそんなタマじゃあないわ、
 言ったからには必ずやる、そんな彼が月ごときをターゲットにする理由はない!」

多少のビームの中を1/6と言う重力を抜きにかなりの運動力で通路を駆け抜け
緩いカーブの向こうまで走って行くと、その先でまた金属の響く音が何度か聞こえる。

「次の扉まで確保したわ! ホラ、みんな進む!」

矢張りどこか人間離れした彼女に呆気にとられつつ、モール隊も追いつく
銃による牽制と手榴弾をくくった矢による射撃でまたジワジワと奥までの距離を
作りつつある、次の扉付近のハロは数十、まとめて真っ二つになっていた。

抜刀にはかなりの神経を使うと言うことでやはりそこは使い分けなのだろうが…
エコーがそんな時

「ケント! カメラやられたみたいだ! 次のビット頼めるか!」

『おうよぉー!』

ビットには噴射口もあるので流石にその時には八代含め全員が伏せる。
そこへルナの通信も入る。

『これはかなり厄介なセキュリティよ、あたしは一編に周辺蘇らせたから
 やってみて判る、こんな工作数日で終えられるはずがないわ』

ウィンストンがそれに

「やっぱりかなり入念に、セキュリティ用電源も多岐に渡って使われていたか!」

『ええ、非常用電源まで使われていたからこの辺りは戦争後も無闇に人が
 入れなかったんでしょうね、都市全体に対して小さい領域だから三年放置されたのよ』

ビサイドがそこへ何か思いついたか

「しかしだぜ、電源回復って事は、ここだけじゃなく…」

『いい勘だわ、既に「きたみ」から周辺地域には緊急通報済み、貴方達の会話記録から
 識別が公国でない場合にのみ襲いかかるようにプログラムというなら…
 或いはひょっとしたらだけど、デラーズ・フリートやそれに賛同するメンツとの
 人間対人間の戦いも起こっているのかもね』

ケントが

『しかし艦長さんよぉー、コロニーの狙いがここじゃないとするなら、どこだ?』

八代はまた隙を伺い、通路に走り出しつつ

「決まっているじゃない! 地球よ、恐らく南米メイン!」

走り去る八代に援護射撃を行いつつウィンストンも

「またジャブロー狙いかよ! 懲りねぇな!」

通路向こうでまた刀がひるがえる音と金属音が響き

「やると言ったらやるわ、今連邦はコロニーをそのまま追っていることでしょう
 でもそれは陽動なのよ…と、このダクトか…ウルマ!」

「は…はい!」

「「セキュリティ」は通常の通路じゃない、このダクトからやってくようよ、
 下の階に大きな被害が出ないよう、ここを爆破してくれる?」

「はい!」

追いつくモール隊、通路向こうのハロは向こう側に行くようで、なるほど
その大きさと運動能力、低重力を利用し、ダクトを使ってあちこち行っている。

「どこからか排他で一階層下に行けるはずだわ、そこがセキュリティ供給源であり
 アイリーの居場所!」

エコーもそれに

「ああ、縦軸が少しおかしい、どうも一階層と言うより一階層を
 エレベーターなりで単純に行かせないように半階層分何かを積んだようだな
 降りるための通路があるはずだが、流石にビットも入り込めねぇな」

『それならよォー、本来のビットでその階層のおもちゃ全部焼いてやんよぉー』

ウィンストンが思わず

「おお、頼もしいな」

『出来ることを見つけて進んでやるのも生き延びる一つだよなァー…うぉ…!
 あっちこっちからおもちゃが湧き出してくる!』

エプソンがそれに

「そりゃ、相手はダクト移動だからな…おもちゃもこうなったらホラーだよ?」

ハイライトも溜息をつき

「格闘は余り受け付けないボディしているし…同感だな…」

ルナがそこへ

『…おかしいわ、さっきまでアイリー結構元気だったのに急に黙りこくって
 映像も乱れがち…生命維持装置は正常稼働しているはずだし…ちょっとアイリー
 何が起きているの? とにかく何か言って頂戴』

周りの者だけに聞こえるいつものニュータイプからの語りかけの感覚で

〝さっきから…頭の中に自分が持っている武器とみんなを含めた周囲の人が見えて
 何かがそれを撃てと言っているの…〟

ウィンストンの表情が怒りに満ち

「やはり…アイリーを攫った本当の目的はサイコミュを使った
 グラナダの占拠だったんだな…」

八代が周囲を警戒しつつ

「「セキュリティ」だけじゃないわ、ありとあらゆる物を対人兵器として
 使ってくるようよ…」

ケントが思わず

『どうすりゃいいんだよ…! 電源か? 電源抜けばいいのか?』

ルナが割り込み

『ダメ! 確かにセキュリティも止まるでしょうけど、生命維持装置側で
 アイリーにトドメを刺す可能性もある!』

ウルマもそれに

「…確かに…! 劣勢とみるや全てをご破算にする装置の存在は大いに考えられる」

八代も

「まぁまぁ、胸くそ悪い話ね…専用通路もまだ特定できていないし、
 生命維持装置を見つけたとしてそこの中の対処及び幾多の電源の中から
 「必要な分だけ抜き取る」選定も必要になる、なかなかの非人道振りだわ」

〝ど…どうしよう…〟

ウィンストンがそこで何かを考え伏せていた目を静かに開き

「アイリー、深く眠ろうと思えば眠れるか?
 勿論、「目覚まし時計」は掛けた上で」

うん? と一同が思うも

〝そっか…今は…それしかないかも…! でも目覚まし時計って言うか…
 ヶ月単位で眠っちゃうかも…〟

「心配するな、お前はもうすぐそこだ、俺達は必ずお前を助け出す、
 俺達を信じて、眠ってくれるか? 三年待てたんだ、何を今更だよ」

方々の設備、例えばスプリンクラーと言った物も始動を始める。
これも熱湯に成って居るかも知れないし、逆に過冷却状態になっているかも知れない。
恐らく近辺全てがこの状態だろう、八代も流石に

「…沙羅の「守り」が入ったとしても全域は無理だわね…私のは自分で精一杯だし…」

〝…よし、じゃあ眠る! といっても、いつもみたいに自然には眠れない
 だからちょっと無理矢理寝るから、後で誰かちゃんと何とかしてね?〟

ウィンストンは強く頷き、そしてルナが

『任せなさい! 最高の設備とチームを待機させてあるわ!
 そして…貴女にはそれを投入して救い出す意味も価値もある!
 今のあたし達にとって、何にも勝る魅力がある!』

ウィンストンの強い意志とルナの強い言葉に、アイリーは何も答えなかったが

『アイリーの像が消えた』

ケントもそれに

『俺の方にも感覚は消えた、本当に大丈夫かよォー?』

『任せなさい、今ので妙に動きを強めた電源を発見した、恐らく
 「熟睡状態」になったアイリーを覚醒させようとフル稼働しているのよ
 これを逆に辿れば…!』

ウルマの仕掛けた爆弾が数カ所でそう大きくはない爆発を連発する、
そしてその残響、その煙や空気の動き、エコーのARとウルマの端末両方が重なり

「見つけたぜ! 五メートルほど先、右床近くのダクト口だ!
 他のダクトに繋がっていない!」

エコーの声にエプソン、ビサイド、ハイライトの三人が工作機械で
人の問題なく通れる大きさの穴にあっという間にして行く、爆破では通行口を
ひしゃげさせたり状況の悪化を招きかねないのでその判断は素早かった。

空いたと同時にほぼ落ちる形で八代が飛び込んだ、
重力が1/6と言うことで少し緩やかなのをウルマが端末を見ながら

「そこだ! 大佐!」

「おっけー、ここね…なるほど」

携帯型の細いが強度のあるロープが飛び込み口から通路に出た、
三人が支えつつ、ウィンストンとウルマで固定できそうな場所に固定して行き

「一応足場はあるんだけど、全員問題なく通れそうな大きさに開けるとなると、一応ね」

ダクト内でちょっとした音と、恐らく這い出るくらいの大きさのダクト口を塞ぐ
金網を外したのだろう金属音がゆっくり落ちて行くのが聞こえる。
ウルマが端末をモニタリングしながら

「大佐! 室内の対人ハロが一斉に充電を開始した!」

それに応えたのはルナだった

『オーケイ、なるほど、これらの電源か』

殆どウルマの叫びと同時に幾らか電源が落ちた感覚が通路の明るさが落ちたことで判る。

『生命維持を兼ねたサイコミュ装置と連動している物もあるから全部は切れない、
 だから後は八代、やってしまいなさい!』

「喜んで!」

音からして室内に乗り込んで戦っているのだろう音が聞こえる。
一番体格の大きなハイライトが先ずダクト出口の確保のため入り込み工作機械で
壁を取り払って行く。

次々と隊員達も乗り込んで行くと、ほぼ全てが終わっていた。

「アイリーの姿は出来れば見ないであげてくれる?」

八代は幾らはレーザーを被弾したような痕が見えるが、しっかりとした口調で言い、
何かその辺の物で透明部分を覆った。
まぁ、白骨化した「誰か」の死体なのだが。

ビサイドが恐る恐る

「そんなに酷い状態なのか?」

「普通ならこれで生きているとは思わないでしょうね」

そこで男連中は「うっ」とデリカシーを全開に働かせた。
ウルマがそれでもアイリーは見ないように八代に近づきノーマルスーツ用の
養生テープを各傷口に張り付けながら

「これで…痛くはないのか? 恐らく内臓にもかなりダメージが…」

「「今は」大丈夫、緊張感が途切れる前に集中するわ、それよりどこかに
 入出力用のコネクタがあるはずだわ、端末と同期してルナにデータを送ってあげて」

「は…はい」

生きているのが不思議だと八代はアイリーを指して言ったが、
ウルマが見る限りレーザーで複数箇所撃ち抜かれている八代もかなり不思議だ
「これがこの人の持つ力なのか」と思いつつ、余りに深遠な遠い世界。
端末を生命維持装置など周辺の機械と共にまとめてそのデータを送る。

『よーしよし…運び込んだからにはどこかに出入り口があるはずよ、
 元々の図面でまだ埋まってないところから割り出してくれる?』

その声で男連中が動き出す、これは割りと苦も無く発見できたが、エプソンが

「ここを開けるのにまた電源繋ぎ直さないとならないようだ、だがちょっと待ってくれ
 エコー、お前のドローン二個補充持ってきてるんだ、ビサイド、お前の荷物」

「おう、ハイライト、お前の背丈ならあの隙間に入れられるか
 外から操って入れるにはちょっとアクロバティックだ」

「よし、踏み台になるモノがあれば」

そしてエコーが起動し

「感度良好、特にこう言った物に対するジャマーは連動してないようだな
 電源ばらけさせたツケだ」

ルナが見たい角度や方向を指定しながら

『給電マップも大体見えてきた…指定箇所穴開けて横軸だけ切ってくれる?』

男連中がその作業をして、ウィンストンが

「いいぞ」

すると、出入り口に通電したのが微妙な音で判る。
てしおの乗組員がやって来て慎重に艦の電源ケーブルとつなぎ替えて行っている。
そこへケントに守られた(体の)ロシキーもやって来て、ちょっと痛ましそうに
アイリーを見た。
八代はケントに荷物をせっつかせ、その場で着替え始める。

「おっおい…!」

ケントや視界の端の男たちが狼狽えるのだが八代は

「見たけりゃー見るといいのよ、私はそれで何かが「減る」人間じゃないから」

流石に下着は着けていたがそれでも初めて見る八代のほぼ完全な裸体、
ウルマが息をのんだ、今レーザーで焼かれた分もあるのだが、それを差し引いても
これこそ「普通ならこれを見て生きているとは思えない」という傷跡のオンパレード。
着物に着替え、その上に海軍服の上着のみ肩掛けで羽織り、士官用の帽子を被る。
脱いだノーマルスーツをアイリーにかぶせ、テープで数カ所固定する。

「まぁチラチラ見える箇所はあるけれど、これでいいでしょ、いいわよ、男性諸君」

困惑気味の男性諸氏が改めてそれを見ると、確かに少し見える腕や足、
簡単に言えば「ほぼ干からびている」状態であった。
そこへルナも技術員と乗り込んできてホースを維持装置のある場所へ繋ぎ

「いいわ、注入開始」

指示を出すと、単なる水ではないだろう液体で中が満たされて行く。
八代がルナに

「思った状態に近くて用意が役に立ったわね」

「余り役に立っては欲しくなかったけれどね」

そして救護班と技術班が慎重にそれを運び出していった。
八代がルナへ

「そういえば、コロニーどうなった?」

「貴女の読み通りよ、ソロモンからの追撃をかわすための目くらましだったようだわ、
 進路を変えて地球方面に向かい始めて居る、落着地点は南米から北米に掛けて、
 詳しい計算はまだ無理ね、連邦の食い止めがどこまで利くか判った物ではないわ」

「…一応追撃に参加してみるべきかなぁ、中空洞とはいえ3~40kmもあるコロニーを
 バスターガンキャノンごときの砲でどうにか出来るとは思えないけれど…」

「進路的にコロニーの前面に出ることはかなり難しいわ、下手に方向変えられると
 それこそかなり不味いかも知れない」

「アリバイ作りくらいはしておくべきかなって、でも連邦の手段によりけりだな」

「恐らく使うわ、ソーラーシステム」

「じゃあ、下手な横やりも入れるべきではないわね」

ウィンストンが溜息をつき

「南米から北米か、アメリカも楽じゃねぇな」

八代がそれに

「しかもかなりの穀倉地帯だからね…落ちる地点によっては日本はまた津波の被害だわ
 …ここ三年の間に貴方達にだいぶ備えに協力はして貰ったけれどね
 おっと、みんな、ちょっと壁際に」

なんだろうと皆が壁に寄ると今度はロ号のビットが一機飛んできて縦に着地した。

「ウルマ、残りの手榴弾から地雷から時限爆弾まで全部セットして」

「りょ…了解、なるほど、ここを破壊か…そのほうがいい、その為の爆破ならする」

「沙羅、私のバケツ持ってきてくれた?」

『持ってきましたよ、今空気も入れています』

「よし、ではセットを確認したら戻りましょ、後のことはみんなの映像やデータ分析から
 報告書の形で方々にばらまけばいいわ」

ウィンストンがそこへ

「俺達に出来ることはもうほぼない、先に戻っているぜ、大佐殿はノーマルスーツも
 脱いじまってるし、何しろ乗り込んできたときからヘルメットも無しだからな」

「ヘルメットごときで狭まる視界じゃないんだけど、動きにくくてねぇ」

「しかし良くそんな長い刀を振り回せるもんだな」

「ふふふ、そりゃぁ若い頃から努力しましたから♪」

まだ二十代だろう(アラサーではあるが)彼女が一体何歳からどんな努力をしたというのか
少し薄ら寒い物を感じつつ、設置するウルマと見届ける八代のみになる。
設置を的確に進めながらもウルマが恐る恐る

「その傷跡…技術准佐は知って居るのか…?」

「彼女とは色々協定済みだし、風呂上がりだとしてもまぁ精々腕とかでしょうね」

「そうか…」

「気にしない、と言うのも半分ダメか、まぁ私はこういう世界に生きているのよ
 出来ればあなた含めルナやみんなも巻き込みたくはないわね」

「それでは四條院中佐も…?」

「彼女の体をまじまじ見たことはないので何とも言えないけど、綺麗だと思うわよ
 彼女の特色は「守る事」だからねぇ」

「見たことはないのか?」

その言葉に八代は少し思い当たったか

「彼女はノーマルよ、一年戦争で許嫁を亡くしていてね」

その事は少なからずジオンだったウルマに衝撃として伝わった。

「…そーねぇ、もしそれが本業絡みで戦争も絡んで、と言うなら人間を
 恨みもしたでしょうけどねぇ、純粋な戦争で亡くなったわけだし、
 戦争とはそう言う物でしょ?
 彼女、私の提案に最初に乗ってくれたのよ、勿論後ろ暗い衝動は彼女にはないわ」

そうは言う物の、ウルマも流石に八代の傷以上に動揺した。

「割りきれるモノなのかな…」

「割るしかないのよ、貴方達の本来の大隊長もそう言う人だったでしょう?
 ウィンストンからソロモンの時の話も聞いたわ、立場は違うけれど、
 そうね、亡くなった彼女の許嫁もそう言う考えの人なのよ
 いえ、私達「祓い人」はそう言う心を持っていないと、私怨だけで動き続けるのは
 私達にとってかなりのマイナスだからねぇ」

「と言うことはその人も?」

「ええ、でも守りの沙羅とは真逆で攻めのタイプかな、私より頑丈な」

「…そう言う人でも、亡くなる物なのか…」

「私と違ってホントに純粋に戦闘特化みたいな人だったからね、
 しかもMSにその力を乗せることは出来ない、これは私もそうだけど
 でも私はその代わりメチャクチャしぶとく出来ているのよ」

ウルマは少し天を仰ぎ

「…そうか…」

「しょうがないのよね、血の為せる技と言っていい、血統って時にバカに出来ない」

「それは感じる、ダイクンにしてもザビ家にしても…あれは人智の及ばない
 何かの力なのだろうなとは思う」

「ま、そう言う意味では立つべき場所が人によって違うって事は認めないとならない、
 全ての人が同じ地平で同じように、なんて言うのはホントにただの理想だわ
 ただし、それを単に政治の力にしてしまうと…」

「多くの人を狂わせる」

ウルマの設置が終わり、八代はウルマの頭をポンと軽く押すようにして

「そう言ったわけでね、急に何もかも引っ繰り返すなんてちょっと無理な話なのよ
 努力にも力にも限界はある、いかにそれが人智及ばない何かだとしてもね」

「しかし日本には未だに天皇家が在り、先の戦争の時もそして多分これから落ちるだろう
 コロニー落としでも、滅びることはないんだろうな」

「それは日本の根底、そういう風に歴史時代になってからは特に顕著に国として
 支えてきたからねぇ、代わりに例え世界唯一の地位とはいえ、
 権力も何も持っていない、これも千年弱、変わっていない」

「権威の象徴か…」

「ジオンは焦りすぎたのよ、ホントにね、さ、戻りましょう」



二人が足早にルナのドックに戻る頃、通路に共和国近衛師団の(公国はなくなったが
 この名称だけは残った)ジタン達が居て八代に握手を求めてきた
そこにはマックバレンも居て、ウルマとつかの間の再会もした。

「今回のことはこちらも助かったよ、デラーズフリートもこちらを利用していただけと
 判ったし、恐らくはアクシズもそうだろう、おもちゃを使ったテロとは…
 考えた物だ、まったく」

「完全に副産物だったけれどね、でも気をつけて、これは一年戦争から続く
 「策謀の残り香」かも知れないことを、ま、ウィンストンが貴方に言ったか」

「ああ、聞いた、報告書は呉れ、流石にこんな事何年も続かれたんじゃ
 俺も身の振りくらいは考えたくなるよ、師団長も一年戦争生き残り組だから
 「自治共和国」としての落とし所を「売国奴呼ばわり」で相当お冠さ」

「師団長か、その人の名前もいいかしら?」

ジタンは待ってましたとばかりにフッと笑ってウルマを見ながら

「エヘト・オリエント少将、ア・バオア・クーの時は少佐だった方だ」

ウルマがハッとした、その名には聞き覚えがあると
八代はその共和国代表とウルマの様子から肩をすくめ

「後で隊長殿にでも聞くとするわ、では、ああ、ここいら私達がでた後爆破するから
 貴方達も出た方がいいわ」

「そうだな」



ウルマのバケツは月面にあったことからドックの外で八代のバケツと落ち合う。
ウィンストン達もまだそこに居た。

『あら、貴方達どうしたの?』

ウィンストンがそれに

『そこのザンジバルが懐かしくてね、一時拝領していたからな』

『艦名は?』

『あー…なんと言ったかな、俺は大尉の身だったがいきなり臨時で中佐扱いにされてよ、
 とにかく艦隊指揮を任されて艦名なんて覚えるどころじゃなかった』

モール隊が笑いに包まれる、屹度それは苦しかったろうが、今となっては
「懐かしい」と思えるほどには軟化した思い出になったのだろう。
そこへルナの通信が入り

『乗艦の名前も覚えてなかったの? 聞いといてあげたから覚えておきなさい
 「オチ・チョ・ニ・ヤ」だそうよ』

また一つ笑いが起こり

『オチ・チョ・ニ・ヤか、判った、今度こそは覚えておくさ、委譲した少佐殿が
 共和国ジオンで近衛師団長とはね、デラーズ殿のようなタカ派にはワカランだろうが
 彼は多くの兵の「その後」について腐心した立派な将校だよ、なるほど
 本国護衛からの投降組からこちらに来ないのは何故かと思ったが、
 彼を支えたかったんだな、それなら大いに理解するぜ』

ビサイドがそこに

『マックバレンの奴があんなに恰幅良くなってるとはなぁ、まぁ元の体型のままじゃあ
 フリーの情報屋としても相当怪しまれるだろうが』

また一つ笑いが起こりつつ、そこへ、オチ・チョ・ニ・ヤへ戻る前に
月面へでてきたポッドと共に一機のモビルスーツ。
それはまるで騎士と言った風貌の物で、一部では有名な機体によく似ていた。
ウィンストンが

『マ・クベ殿のギャンのバリエーション機体か?
 だがゲルググとのコンペで落ちた側と聞いていたんだが…』

そこに日本海軍側の周波数に合わせた通信が入り

『やぁ、ここからだと太陽の光で幾分分かり易いな、それが「バケツ」か
 なるほど、小回りが好きそうなウィンストンらしい機体だな』

『ところが今ここにある七機のバケツには俺は乗っていないんだ』

ジタンが少し笑いつつ

『なるほど、こんなところでもまだザク1に乗っているのか』

『機体や武装の好みが大佐殿と似ているんだよな、バケツはだからルナの趣味と
 大佐殿の好みの結果なんだ、偶然なんだが』

『弓が武装ということだから、そうだな、それが正しい形だと思うよ
 このギャンはツィマッドの謎競合として有名なギャンの高機動試作型…
 YMS15Baというこれまた謎機体でね、一部では絶対に需要有りと言うことで
 近衛師団隊長格近接型に与えられた物だそうだ、総生産なんと四機のレアものさ』

『お前のスタイルには微妙に合いそうもない機体だがいいのか?』

『なに、このギャンに合った戦いを追求するまでさ』

そこへ八代が

『矢張り侮れない人だわ、敵対的立ち位置には絶対なりたくない物ね』

『よせよ、そっちは中遠距離型メインでありつつ格闘に向いた機動力、
 ちょっと付け入る隙が見当たらないぜ、まぁ攻略法は研究するがね』

ジタンはそう言って笑った。
運命がどう転んでも、後腐れなく終われそうな、気持ちの良い笑いだった。

『まぁ、それでは、できるだけ早くこの戦いが終わることを願うわ』

『もう終わるよ、デラーズは尖りすぎた、
 アクシズ先遣隊もそこまで面倒見られないだろうよ、そのくらい彼は性急すぎた』

『まぁ、多分地球…アメリカ大陸のどこかに落ちるようだけれどね…』

『…復興も大変だよな、全人類食う分となれば北米の穀倉地帯を失うことは
 いたずらに穀倉物の値段をつり上げるだけの…近視眼的な戦略だ、馬鹿馬鹿しい』

ウィンストンがそこに少し心配そうな声で

『そこまでにしておけ、幾らグラナダが今回のことで公国派とは相容れない物があると
 感じたにしてもだ』

ジタンは少し自嘲気味に笑ってから

『そうだな、そう、オリエント中将も自分の身でないところで腐心しているんだった』

『そうだぜ、だが…もし少し落ち着いたらみんなで一時帰郷はするぜ』

『ああ、待っている、日本海軍に鞍替えとなると大手を振ってとは言え無いが
 古い身内には全員連絡しておくよ』

こうして、二つの軍はそれぞれに分かれていった。
後にデラーズ紛争と呼ばれる今回の出来事はまだ完全決着はしていないが
元々戦争に絡んで積極的にどちらにと言うわけでもないのだ、
それに目的は達した、どうしようもないし、それでいいと納得した。


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